2020年04月04日

継続することのたいせつさ



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4年前の今日も舞台をやつてゐたんだなあ。
 
 
樋口一葉の『十三夜』です。
 
 
一葉の擬古文を現代語訳せず、
そのまま言語造形にかけたものでした。
 
 
ことばの意味ではなく、
ことばの動きや間、
内的な身振りや音楽的な調べで、
表現して行つていいんだ、
といふことを、
理屈ではなく身体で学び始めたのは、
この作品あたりからでした。
 
 
何事も続けることがたいせつだと、
いまあらためて念ひます。
 
 
――――― 
 
 
先日の川崎市まぶね教会での言語造形公演、
「十三夜」を無事終へさせていただきました。
 
 
足を運んでいただいた皆さん、
本当にありがたうございました。
 
 
当日を終へて個人的に感じましたことが、
ふたつありました。
 
 
まづは、
樋口一葉の文章を
全身をもつて発声していくといふこと。
 
 
きつと、作家は、
頭だけで文章を書いてゐません。
全身で書いてゐます。
ですから、文章を書くには、
健康なからだが要ります。
 
 
しかし、一葉は、
からだを健やかに保つだけの
生活的条件にあまりにも恵まれてゐませんでした。
それゆゑ、みづからのからだを蝕んでしまいました。
  
 
そのやうに、
からだに刻み込むやうにして
記された文章といふものを、
わたしたちが発声するとき、
口先だけで発するのではなく、
充分な健康をもつて、
全身をもつて発するときにこそ、
文章はその精神を顕はにしてくれる
といふことです。
 
 
精神的な仕事といふものは、
全身を使つての、
からだまるごとからの仕事からのみ
成り立つのだといふこと。
 
 
ひとつひとつの発声で
自分自身の立ち位置が決定されてきます。
一文一文、
前方に限りなく広がつてゐる空間に
ダイヴィングするやうに、
ことばを発していくことによつて、
世界が変はつていくのです。
活路が開かれていくのです。 
 
 
そして、もうひとつは、
小さなことをていねいに描くことを、
いくつもいくつも積み重ねることによつてのみ、
大きなことを表現することができるのだといふこと。
 
 
具体的なディテールを
どんどん描き続けていくうちに、 
ぐわつと大きな感情の波が立ち上がつてくる。
この作品の奥底に静かに流れてゐるテーマの
大きさに触れることができる。
 
 
今回の稽古においては、
わたしの方が、
パートナーの千晴にたくさんの細やかな示唆をもらひ、
多くのことを学び、助けられました。
 
 
地に足をしつかりとつけて、
この手でしつかりと物を摑むが如く、
この目で見、
この耳でじかに聴くが如く、
汗を流し、
涙と血を流すが如く、
このからだを通してこそ響いてくるものを、
ひとつひとつ大事にすること。
 
 
どれほどのものが聴いて下さつた方々と共有できたのか、
それは未知のものではありますが、
同じ時と場を共に創ることができたやうな、
そんなこの上ない充実感を
わたし自身いただくことができました。
 
 
素晴らしいギター演奏をしてくれた清水さん。
司会を務めて下さつた大原さん。
受付をひとりでやつてくれた志穂ちやん。
会場の外でお客様を誘導してくれた瓦吹さん、加藤さん。
お客様にお茶の用意をしてくださつた愛さん。
暖かいこころで
わたしたちの儀式を見守つてくださつた石井牧師。
そして来て下さつたすべてのお客様。 
皆さんのお蔭で公演は成り立ちました。
かさねがさね、本当にありがたうございました。
 
 
またこれからも言語造形の舞台を
創りつづけていきますので、
どうぞ、どうぞ、よろしくお願ひいたします。 



posted by koji at 10:16 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 言語造形 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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