
漱石の『明暗』を、
この齢になつて初めて読み終へました。
これまで三十代、四十代と、
おそらく十年に一度づつ、
読まうとしたことがあつたのですが、
いずれも途中で読み切らずに投げ出してゐました。
このたび、やうやく、読み終へることができました。
主人公を中心として、
人のエゴとエゴが絡み合ひ、擦れ違ひ、ぶつかり合つて、
読んでゐて胸が苦しく、やり切れなくなるほど・・・。
にも関はらず、
今回はなぜ、
最後までぐんぐんと読み進めることができたのだらう。
この作品の中に描かれてゐるエゴが、
紛れもなく、わたし自身のうちに、
幾重にもしぶとく絡み合つて巣食つてゐること。
そのことを五十代になつてやうやく、
痛いほどに感じることができたからこそ、
読み抜くことができたとしか思へません。
人と人とが傷つけ合ふとき、
たいていは、
エゴとエゴとがぶつかり合つてゐるのではないでせうか。
しかし、
エゴから解放されてゐる人と、
エゴをもつ人とは、
ぶつかり合はない。
エゴをもつ人は、
エゴから解き放たれてゐる人の前から、
すごすごと退散するしかない。
この作品は、
その退散していく姿を描かうとして、
描く前に未完に終はつてゐます。
漱石が病で倒れ、そのまま亡くなつてしまつたからです。
わたくしを去つて、天に則る。
そんなことばを漱石は晩年、
弟子たちにしきりに語つてゐたさうです。
わたくしを去ることの、
我が身を切るやうな痛さと難しさ。
わたし自身もこの作品を読み、
その痛さと難しさに、
光りを当てていかざるをえません。
【読書ノートの最新記事】
- 命ある芸術 〜フルトヴェングラー『音と言..
- 見る、考へる、そして、身を捧げる 〜ト..
- シェイクスピア「あらし(テンペスト)」
- エックハルト説教集
- 精神を体現した美しい人『ゲーテとの対話』..
- 幼な子たちの御靈に〜『ファウスト』を読..
- 愛読のよろこび
- 月と六ペンス
- 【小川榮太郎】美の行脚(第四回):小林秀..
- 覚悟といふ精神の系譜 〜小川榮太郎著『保..
- 小川榮太郎氏『国柄を守る苦闘の二千年』を..
- 『平成記』(小川榮太郎氏)
- 永遠(とこしへ)に焦がれる 〜執行草舟氏..
- 愛読書 〜古典といふもの〜
- 国語への痛切な思ひ 〜ドーデ『最後の授業..
- 形を見る詩人の直覚 〜小林秀雄『歴史の魂..
- 本を読むC 〜シュタイナー『テオゾフィー..
- この上ない文学的感銘 〜谷ア昭男著「保田..
- 丁寧で深切な讀み方 伊東静雄
- 柳田國男の「老読書歴」を読んで