2020年02月20日

我が身を切る痛さ 〜漱石『明暗』を読んで〜



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漱石の『明暗』を、
この齢になつて初めて読み終へました。
 
 
これまで三十代、四十代と、
おそらく十年に一度づつ、
読まうとしたことがあつたのですが、
いずれも途中で読み切らずに投げ出してゐました。
 
 
このたび、やうやく、読み終へることができました。
 
 
主人公を中心として、
人のエゴとエゴが絡み合ひ、擦れ違ひ、ぶつかり合つて、
読んでゐて胸が苦しく、やり切れなくなるほど・・・。
 
 
にも関はらず、
今回はなぜ、
最後までぐんぐんと読み進めることができたのだらう。
 
 
この作品の中に描かれてゐるエゴが、
紛れもなく、わたし自身のうちに、
幾重にもしぶとく絡み合つて巣食つてゐること。
 
 
そのことを五十代になつてやうやく、
痛いほどに感じることができたからこそ、
読み抜くことができたとしか思へません。
 
 
人と人とが傷つけ合ふとき、
たいていは、
エゴとエゴとがぶつかり合つてゐるのではないでせうか。
 
 
しかし、
エゴから解放されてゐる人と、
エゴをもつ人とは、
ぶつかり合はない。
 
 
エゴをもつ人は、
エゴから解き放たれてゐる人の前から、
すごすごと退散するしかない。
 
 
この作品は、
その退散していく姿を描かうとして、
描く前に未完に終はつてゐます。
 
 
漱石が病で倒れ、そのまま亡くなつてしまつたからです。 
 
 
わたくしを去つて、天に則る。
 
 
そんなことばを漱石は晩年、
弟子たちにしきりに語つてゐたさうです。
 
 
わたくしを去ることの、
我が身を切るやうな痛さと難しさ。
 
 
わたし自身もこの作品を読み、
その痛さと難しさに、
光りを当てていかざるをえません。


posted by koji at 10:20 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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