漱石の『明暗』を、この齢になつて初めて読み終へました。
これまで三十代、四十代と、おそらく十年に一度づつ、読まうとしたことがあつたのですが、いずれも途中で読み切らずに投げ出してゐました。
このたび、やうやく、読み終へることができました。
主人公を中心として、人のエゴとエゴが絡み合ひ、擦れ違ひ、ぶつかり合つて、読んでゐて胸が苦しく、やり切れなくなるほど・・・。
にも関はらず、今回はなぜ、最後までぐんぐんと読み進めることができたのだらう。
この作品の中に描かれてゐるエゴが、紛れもなく、わたし自身のうちに、幾重にもしぶとく絡み合つて巣食つてゐること。
そのことを五十代になつてやうやく、痛いほどに感じることができたからこそ、読み抜くことができたとしか思へません。
人と人とが傷つけ合ふとき、たいていは、エゴとエゴとがぶつかり合つてゐるのではないでせうか。
しかし、エゴから解放されてゐる人と、エゴをもつ人とは、ぶつかり合はない。
エゴをもつ人は、エゴから解き放たれてゐる人の前から、すごすごと退散するしかない。
この作品は、その退散していく姿を描かうとして、描く前に未完に終はつてゐます。
漱石が病で倒れ、そのまま亡くなつてしまつたからです。
わたくしを去つて、天に則る。
そんなことばを漱石は晩年、弟子たちにしきりに語つてゐたさうです。
わたくしを去ることの、我が身を切るやうな痛さと難しさ。
わたし自身もこの作品を読み、その痛さと難しさに、光りを当てていかざるをえません。
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