2020年01月06日

現代人への警告



IMGP0014.JPG


100年近く前の
ルドルフ・シュタイナーが語つたことばを、
fbfの山際勇起さんが書き込んでをられました。
 
 
――――――
 
今日の人間は、
全く考えなくても済むように、
全てのものを一目瞭然、
たとえば、
スライドで映し出してもらえるような形を
求めているのであります。(…)
 
 
たとえば、
『ハムレット』が演劇として上演されます時には、
私達はまだ劇中の出来事に入りこんで、
そこで語られる言葉を
追わなければならないのでありますが、
今日では劇場が映画館にとって代わり、
そこでは私たちはもはや
積極的に参加する必要はなく、
画像が機械で映写されますので、
私達は完全に受身的であることが
可能になってしまっているのであります。
 
 
このようにして、
私達は徐々に人間としての精神活動を
喪失してしまってきているのであります。
 
 
しかし、把握されなければならぬのは、
まさにこの精神活動でありまして、
精神活動の掌握によって初めて、
思考は単に外部から
活力を与えられるだけのものではなく、
人間それ自体の内部に存する
精神的な力であることが認識されるのであります。
 
 
(GA307
 1923年8月5日イルクリーでの講義より、
 佐々木正昭訳
 『現代の教育はどうあるべきか』
 人智学出版社、26ページ)
 
――――――
 
 
 

ここに示されてゐる現代人への警告は、
本当に身に沁みて感じさせられることです。
 
 
わたしがさせてもらつてゐる講義も、
舞台公演も、すべて、
この警告への応答のつもりであります。
 
 
講義では、
レジメやパワーポイントなど、
用意したことがなく、
板書もほとんどせず、
ただただ、
語ることばで、
どこまで場を創ることができるか。
 
 
舞台公演でも、
ときに、現代語訳を全くせず、
古語のまま、
ことばのうねりを
全身全霊で聴いていただけるやう、
ことばを造形していきます。
 
 
そのとき、
講義をする者、講義を聴く者、
舞台に立つ者、客席に座る者、
共に必要とされるのは、
まさしく精神の活発さ・アクティビティーです。
 
 
さうして、
精神を目覚めさせることのみが、
唯一、大切なことであり、
知識を覚え込んで、
家に持ち帰ることなど、
何ほどのものでもなく、
実践の上でも全く役に立たないことに気づくのは、
難しいことかもしれません。
 
 
このやうな学び方は、極めて、
反現代的なことです。
 
 
しかし、
時代の風潮に迎合することは、
なんら本質的なことではないのでした。
 
 
わたしたちは、
尊敬できる方々の生き方に
学びたいのでした。
 
 
そして、尊敬できる方々は、
時代の風潮に迎合することは、
なかつたのです。
 
 


posted by koji at 21:05 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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