2019年10月07日

本の読み方


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今日は、和歌山の岩出市にてシュタイナーの『普遍人間学』の講義。
 
わたしが、何よりもお伝へさせていただきたいこと。
 
それは、本の読み方なのです。
 
わたしは、そのことをこそ、我が師・鈴木一博さんから教へてもらへたと信じてゐます。
 
また、ルドルフ・シュタイナーも、そのことをこそ、現代人に伝へたかつたであらうと思はれてならないのです。
 
自力で大切な何かをつかみとる力をひたすらに培ふ。
 
そのためには、一文一文、一語一語に立ちどまりつつ、問ひつつ、答へつつ、さうして、イメージ(想ひ)をみづから創つてゆく作業をもつて、少しずつゆつくりと読み進めていきます。
 
遅読、熟読、再読、再々読、・・・です。
 
読み終えて、やがて、そのイメージ(想ひ)は、こころの奥深くに沈んでいきます。
 
つまり、忘れ去られていきます。
 
しかし、アクティブにことばに向かひ合つた、精神の働きそのものは、わたしのこころに痕跡を残してゐます。
 
アクティブであればあるほど、その痕跡は深くこころに印しをつけてゐます。
 
その精神の働きによるこころの痕跡が深いほどに、忘れられたイメージ(想ひ)を、忘却の泉の底からふたたび引き上げる力・想ひ起こす力が、増します。
 
そして、そのつど、そのつど、新しく想ひ起こされたイメージ(想ひ)は、こころを暖め、甦らせ、癒す力をもたらします。
 
人のこころといふものは、そのやうに、みづからアクティブに働くことによつてこそ、充たされます。
 
その、アクティブに、ことばに取り組むといふ働き、さらに、意識的に勤しんで想ひ起こすといふ働き、それこそが、この時代ならではの勉強法なのです。
 
本とは、偉大なる先人が死にもの狂いになつて残した叡智の結晶、生の痕跡です。
 
さういふ本しか、時代の変遷を超えて、残りません。
 
さういふ本を、さういふ読み方で、読む。
 
書くことが、人によるひとつの偉大なる「仕事」であるやうに、読むことも、まさしく紛れもない「仕事」です。
 
その本の読み方は、その人をますますその人にします。
 
その人の〈わたし〉を磨き、研ぎ、鍛え上げます。
 
ルドルフ・シュタイナーが、20世紀以降の現代人になんとしても伝へたかつたのは、その〈わたし〉の育みでした。
 
〈わたし〉の自律・自立・自由・自尊でした。

若い人たちにこそ、このことを伝へたい、さう念ふのです。
 



posted by koji at 23:13 | 大阪 ☁ | Comment(0) | アントロポゾフィー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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