2019年09月09日

100年後の普遍人間学 in 和歌山


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今日は、和歌山での『普遍人間学を読む』第一回目でした。
 
丁度100年前の9月。
 
ルドルフ・シュタイナーは、世界で初めてのヴァルドルフ学校 ( 俗称シュタイナー学校 ) 開校のため、14日間に渡つて、教師として立つ人に向けて講義を行ひました。
 
その速記録を一文一文、丁寧に、考へつつ、感じつつ、読んで行くのです。
 
その丁寧さから、今日など、3ページしか進みませんでした。
 
最初の一日目の講義の一番初めにシュタイナーは述べました。 
 
これから学校を始めて行くにあたつて、なによりもまづ大切にしたいことがある。
 
それは、精神の世とのつながりを各々育てていくことである。
 
さう述べました。
 
精神の世。
 
重要な概念です。
 
同時に誤解を生みやすい概念です。
 
しかし、ごくごく、真つ当に、人が、余計なことを考へるのではなく、必要なことを、必要な時に、ふさはしく、まぎれなく、わたくしなく、あきらかに、「考へる」こと。
 
それこそが、精神の世とのつながりを育むことのはじまりです。
 
少なくとも、「考へる」ことは、その礎であります。
 

 

この勉強会も、わたしからの講義になるのですが、それでも、参加者のおひとりおひとりからの声を聴き合ふ、相互コミュニケーション性を大切にする時間でもあります。
 
そして、わたしがいくら講義をしたいと思ひましても、その講義を受けたいといふ人がゐなければ、かうした時間は生まれないことは当然であります。
 
さう考へますと、わたしたちがかうして集まることができ、かういふ勉強会をなりたたせることができるといふことは、はじまりの時点で、精神の世とのつながり、精神の力からの励まし、精神の方々からの応援があるといふことでせう。
 
わたしたちは、このやうな勉強会をもつことの意味をこれからみづからに問ひ続けることが、この上なく大切なことだと考へます。
 
わたしたちが会の存在意義を毎回、その都度その都度、意識的に問ふこと。
 
そのやうな問ひを重ねて行くことこそが、精神の世からの応援をこれからもいただく礎になります。
 
そして、この勉強会をもつわたしたち自身の課題とは、人間学を学ぶことによつて、「自分自身を知ること」です。
 
大人の自己教育。
 
それは、己れを知ることであります。
 
それなしに、子どもへの教育はありえないのです。
 
 
Mitteの庭


posted by koji at 23:21 | 大阪 ☀ | Comment(0) | アントロポゾフィー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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