2019年09月09日

人は必ず育つ、といふことを考へる

 
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なぜだかとても疲れた時などには、いろんな疲労回復法があるのだらうけれども、自分はよくシュタイナーの『自由を考える』を読む。
 
そして、そこに書かれてある文に沿つて、考へることによつて、自分自身の偏つてゐるこころを立て直すことができ、救はれることがよくある。
 
第5章の「世を知る」を読むと、そこにこんなことが書いてある。
 
 
___________________
 
 
いま、わたしが、蕾をつけた薔薇の枝をもつてゐるとすれば、きつと、その枝を水に活けるだらう。
 
なぜか。
 
薔薇の蕾は、薔薇の花となるからだ。
 
薔薇が蕾の状態であることも、薔薇であることのひとつのプロセスだし、花開いてゐる状態も、薔薇であることのひとつのプロセスだ。
 
しかし、プロセスの中のそのときそのときの面持ちを見るだけでは、これこそが薔薇だ、といふことは、やはり、できないし、水に活けて花開かせるといふ想ひにも至り得ない。
 
考へることで、プロセスといふものを捉へるからこそ、薔薇の枝を水に活ける。
 
その薔薇が、「なる」といふこと、「育つ」といふこと、「成長する」といふことを、考へるからこそ、わたしは薔薇の蕾がついた枝を水に活け、その薔薇が薔薇としての美しさを十全に出し切るのを待つ。
 
見てゐるだけで、考へなければ、きつと、水に活けはしないだらうし、薔薇が薔薇であることも分からないままだらう。
 
 
___________________
 
 
 
わたしが、「薔薇は育つ」といふプロセスを考へずに、水に活けてもてなさなければ、薔薇の蕾は枯れてしまい、その美しさを見せてくれはしない。
 
きつと、人であるこのわたしも、薔薇と同じだらう。
 
薔薇が育つやうに、わたしといふ人も必ず育つ。
 
そこで、このわたしといふ人に与へるべき水とは、何だらう。

この考へに立ち戻るのだ。
 
  
 


posted by koji at 07:51 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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