2019年06月06日

向かうは、海 〜公演『常世の濱の浪の音聞こゆ』〜


IMG_0422.JPG
 
 
南海高野線の帝塚山駅から西へ歩いて一分のところに帝塚山古墳があり、昔は、古墳の上には樹木が青々と繫つてゐた。(いまは、随分多くが切り倒されてしまつてゐる)
 
子どもだつたわたしは、あるとき、その帝塚山古墳の方を見て、あの向かうは海なのだと、なぜだか強く想つた。
 
明治以降、埋め立てられてしまひ、海は遥か西へ遠ざかり、今の大阪湾になつてしまつてゐるが、古代には、古墳の向かうは本当に波打ち寄せる住吉(すみのえ)の浜だつた。
 
そんなことなど、全く知らなかつたのだけれども。
 
子どものわたしには、住吉の海が視えたのだらうか。
 
潮騒が聴こえたのだらうか。
 
いや、おそらく、海の匂ひが一瞬したのだらう。
 
いまでも、遠く西から海の匂ひが一切れ流れて来て、嗅覚に届くことがある。
 
しかし、子どもの頃、夢とうつつとが混じり合ふやうな時間を長く過ごしてゐたわたしは、そんなヴィジョンとも予感とも言へるもの(もしくは、記憶の像だらうか)が自分のこころに訪れたであらうことが、不思議でもなんでもないのである。
 
帝塚山といふ場所は、そもそも、玉手塚と呼ばれてゐたさうで、この古墳は浦島太郎のお墓だといふ地元の伝説もある。
 
 

わたしは自分が、どこに向かつてゐるのか、しかとは分かつてゐないやうに思ふ。
 
ただ、自分自身の歩き方は、五十何年生きて来て、大分、摑めて来たやうにも思ふ。
 
そして、その歩き方を守つてゐれば、必ず、行くべきところへ行くことができると信じてゐる。
 
今月、念願だつた『浦島子』を、「丹後国風土記」のことばを通して舞台化するところまで、自分はやつてくることができた。
 
海の向かうは常世(とこよ)の国であつたし、子どもの頃のわたしには、常世の濱の浪の音が聴こえてゐた。
 
  
 
 子等に戀ひ 
 朝戸を開き 
 我が居れば 
 常世の濱の 
 波の音聞こゆ 
 
 
足利智子さんと共演で、6月30日(日)、大阪市住吉区西田辺にある山中能舞台にて、言語造形公演『常世の濱の浪の音聞こゆ』をいたします。
 
演目は、諏訪 千晴 による昔話『たつの子たろう』、諏訪かさねによる謡曲『高砂』、そして言語造形劇『浦島子』。
 
 
 
夏のはじまりのひと日、どうぞ、お運びください。
 
 

6月30日(日)14時開演
言語造形公演『常世の濱の浪の音聞こゆ』




posted by koji at 21:40 | 大阪 | Comment(0) | 講座・公演・祝祭の情報ならびにご報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。