九年前に急逝した能楽師・関根祥人。
わたしは、彼の舞台を初めて観たのは、確か1990年代中頃、『萬歳樂』といふ舞台だつた。
彼が舞台に登場すると、舞台上の空気が一変し、その一挙手一投足の動きと、彼の発することばの響きから、彫りの深い波が大きくうねりながら舞台上から客席後方へと拡がつてゆくのが感じられた。
そんな舞台は、それまでに観たことがなかつた。
しかし、これこそが、わたしが求めてゐる舞台芸術だ、さう、震へるやうな感動の中でわたしは感じ、その後、できうる限り彼の舞台を繰り返し観た。
能といふ舞台芸術が、極めて未来的な芸術であることを教へてくれたのは、能楽師は数多をれども、わたしにとつては彼ひとりであつた。
その彼が、2010年、五十歳の若さで急逝した。
その後、能といふ舞台芸術からわたしは遠ざかつてしまつた。
今日、住吉大社で、天皇陛下御即位記念の奉祝曲「大典」が演じられ、それを観てゐて、しきりに彼のことが思ひ出された。
からだとこころと精神の感官を研ぎ澄ませ、伝統の力を敏感に繊細に感じること。
さうしていかないと、伝統主義の虚偽を見破ることはできない。
それは、演じる者にとつても、観る者にとつてもだ。
もはや、伝統主義やお決まりのスタイルに拠りかかつてゐるだけでなく、清新な息吹きを舞台に吹き込まなければ。
そのとき、我が国の伝統が新しいかたちで甦る。
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