2019年04月23日

自分自身の歩幅


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昨日、ある保育園で保育士さんがわたしに話してくれたこと・・・。
 
ひとりの2歳児の子どもが、トイレのあと、ズボンを履くのにとても手間取つてゐた。
 
保育士さんは、他の大勢の子どもたちが外遊びに出て行つたあとも、慌てずにそのひとりの子どもにずつとつきあつてあげたさうです。
 
そのことが、その子にとてもよかつたやうだと。
 
わたしも、それは、とてもよいことだと思ひました。
 
人は、ひとりひとり、歩幅が違ふ。息遣ひのリズム・テンポが違ふ。
 
とりわけ0〜3歳児の幼な子たちは、その歩幅をその歩幅のまま、その息遣ひをその息遣ひのまま、傍にゐる大人から尊重されると、その子はきつと、自己肯定感をもつて一生涯にわたつて生きていく土台が築かれる。
 
己れの歩幅をしつかりと歩むことができるやう、ひとりひとりの子どもを支へること。
 
己れの息遣ひをしつかりと遣ひ切ることができるやう、ひとりひとりの子どもの息遣ひを見守ること。
 
それは、この上ない、その子、その子へのプレゼントです。
 
道を歩いて行くのに、前もつて先々の見通しがあるから歩き始めるのではないはずです。
 
人がその人として生きていくのにたいせつなことは、まづは、歩きたいといふ欲求を大事にすることであり、次に歩いていく際に未来に対する見通しを前もつて手に入れることではなく、自分自身の歩幅をよく知つてゐることではないでせうか。
 
歩き方がしつかりとしてゐること、そのことが、その人を行くべきところへと導いてくれます。


posted by koji at 18:05 | 大阪 | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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