2019年04月07日

こころのこよみ(第51週) 〜花が待つてゐる〜


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人といふものの内へと
 
感官を通して豊かさが流れ込む。
 
世の精神はおのれを見いだす、
 
人のまなこに映る相(すがた)の中に。
 
その相(すがた)から力が、
 
きつと新たに汲み上げられる。
 
       ルドルフ・シュタイナー

 
 
Ins Innre des Menschenwesens
Ergießt der Sinne Reichtum sich,
Es findet sich der Weltengeist
Im Spiegelbild des Menschenauges,
Das seine Kraft aus ihm
Sich neu erschaffen muß.
 
 
 
より目を開いて、より耳を澄まして、ものごとといふものごとにぢつと向かいあつてみれば、ものごとは、より活き活きとした相(すがた)をわたしに顕はしてくれる。
 
わたしが花をそのやうに観てゐるとき、花もわたしを観てゐる。
 
そして、わたしの瞳の中に映る相(すがた)は、もはや死んだものではなく、ますます活きたものになりゆく。
 
また、その活きたものになりゆく相を映すわたしの瞳も、だんだんとそのありようを深めていく。物理的なものの内に精神的なものを宿すやうになる。
 
花へのそのやうなアクティブな向かいようによつて、わたしみづからが精神として甦る。
 
そして、その深まりゆくわたしの内において、花の精神(世の精神)が甦る。花の精神は、さういふ人のアクトを待つてゐる。
 
「待つ」とは、そもそも、神が降りてこられるのを待つことを言つたさうだ。
 
松の木は、だから、神の依り代として、特別なものであつたし、祭りとは、その「待つ」ことであつた。
 
中世以前、古代においては、人が神を待つてゐた。
 
しかし、いま、神が、世の精神が、人を待つてゐる。
 
世の精神が、おのれを見いだすために、わたしたち人がまなこを開くのを待つてゐる。
 
 
 
人といふものの内へと
感官を通して豊かさが流れ込む。
世の精神はおのれを見いだす、
人のまなこに映る相(すがた)の中に。
その相(すがた)から力が、
きつと新たに汲み上げられる。

 
 
 


posted by koji at 21:50 | 大阪 | Comment(0) | こころのこよみ(魂の暦) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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