2019年03月10日

古の人

 
IMGP0439.JPG
 
 
琵琶湖の西岸の少し奥に入つた所に鎮座まします近江神宮。
 
寒の戻りか、とても寒く、小雨降る中、人気も少ない。
 
ここは、天智天皇の大津宮跡ともいはれてゐる。
 
壬申の乱の兵火ですべてが灰塵と化し、当時、その華やかだつた都の荒れ果てた様を何十年か後に見て、高市黒人(たけちのくらうど)が旧都を偲んで歌を歌つてゐる。
 
 
 ささなみの国つみ神のうらさびて荒れたる都見れば悲しも (萬葉集33)
 
 
歌人が歌の念ひに見舞はれた当の地にわたしも実際に足を運んで、そこでその歌を朗唱してみる。
 
そこにじつと立ち尽くせばこそ、歌に秘められてゐる深い情念が味ははれることがある。
 
どのやうことがここで起こり、どのやうな悲しみが人々を襲つたのだらう。
 
また、黒人による別の歌がある。
 
 
 古(いにしへ)の人に我あれやささなみの古き都を見れば悲しき (萬葉集32) 
  
 
「古の人」。これは単にむかしの近江の旧都の人といふ意味ではない。
 
神と己れの身体とがまだ離れてゐない状態を生きた人のこと。
 
たいせつにしなければならないさういふ人、さういふ精神が失はれていくことを偲びに偲んで、黒人は歌つた。
 
なぜ、たいせつにしなければならないか。
 
それは、たいせつにしなければならないものごと、人の想ひ、人の精神ほど、たやすく忘れられてしまふからだ。
 
さういふものは極めて繊細ななりたちをしてをり、時を経て、志ある人が、その壊れやすさゆゑ、たいせつに護り育て、後代に伝へようとして来た。
 
そして、そのやうな繊細なものを扱ふことのできる人は、いついつも、極めて少数の限られた人であるかもしれない。
 
「古の人」とは、いつの代にもをられる、さういふ人のことである。

IMGP0406.JPG




posted by koji at 21:00 | 大阪 ☔ | Comment(0) | 神の社を訪ねて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
■ 新着記事
ひみつ劇団 アドヴェント 朗読劇『追いはぎの小屋で』 (12/13)
宮沢賢治作「学者アラムハラドの見た着物」 (12/06)
醍醐寺の紅葉 (12/05)
かむながら (11/26)
感じあい語りあう人 (11/25)
袖ふる、といふことば (11/23)
藝術とは一歩後退すること (11/20)
冬よ 来たれ (11/19)
清らかさと暖かさ「宮沢賢治の世界」 (11/18)
幼な子の偉大なる感覚器官 (11/12)
■ カテゴリ
クリックすると一覧が表示されます。
ことばづくり(言語造形)(248)
アントロポゾフィー(189)
断想(582)
講座・公演・祝祭の情報ならびにご報告(468)
こころのこよみ(魂の暦)(521)
動画(359)
農のいとなみ(1)
うたの學び(92)
神の社を訪ねて(37)
アントロポゾフィーハウス(92)
声の贈りもの(5)
読書ノート(73)
絵・彫刻・美術・映画・音楽・演劇・写真(41)
ことばと子どもの育ち(13)
「ことよさしの会」〜言語造形に取り組む仲間たち〜(11)
■ 最近のコメント
5/7(水)からのシュタイナー著「いかにして人が高い世を知るにいたるか」毎週水曜日夜オンラインクラスへのご案内 by 諏訪耕志 (04/11)
待ち望まれてゐることばの靈(ひ)〜「こころのこよみ」オンラインクラスのご案内〜 by 諏訪耕志 (04/03)
こころのこよみ(第1週) 〜甦りの祭り(復活祭)の調べ〜 by (04/09)
12/10(土・夜)12/11(日・朝)オンライン講座「星の銀貨」を通して〜人への無理解と憎しみについて〜 by アントロポゾフィーハウス (12/07)
穏やかで安らかなこころを持ち続けること、しかし、目覚めること by 諏訪耕志 (04/23)
■ 記事検索
 
RDF Site Summary
RSS 2.0