2019年02月24日

こころのこよみ(第45週) 〜明るく灯される光〜


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平櫛田中作『活人箭』 

 
考へる力が強まる、
 
精神の生まれとの結びつきの中で。
 
それは感官へのおぼろげなそそりを
 
まつたき明らかさへともたらす。
 
こころの満ち足りが
 
世の繰りなしとひとつになりたいのなら、
 
きつと感官への啓けは、
 
考へる光を受けとめる。
 
ルドルフ・シュタイナー 
 

Es festigt sich Gedankenmacht
Im Bunde mit der Geistgeburt,
Sie hellt der Sinne dumpfe Reize
Zur vollen Klarheit auf.
Wenn Seelenfülle
Sich mit dem Weltenwerden einen will,
Muß Sinnesoffenbarung       
Des Denkens Licht empfangen.
 
 
 
ここで言はれてゐる「考へる力」とは、余計なことを考へない力のことである。
 
そして、この時、この場で、何が一番大事なことかを考へる力のことだ。 
 
その力を持つためには、練習が要る。その練習のことを、シュタイナーはメディテーションと言つた。  
 
普段に感じる共感(シンパシー)にも反感(アンチパシー)にも左右されずに、浮かんでくる闇雲な考へを退けて、明らかで、鋭く、定かなつくりをもつた考へに焦点を絞る。
 
ひたすらに、そのやうな考へを安らかに精力的に考へる練習だ。
 
強い意欲をもつて考へることで、他の考へが混じり込んだり、シンパシーやアンチパシーに巻き込まれて、行くべき考への筋道から逸れて行つてしまはないやうにするのだ。
 
その繰り返すメディテーションによつて、「考へる力」が強く鍛へられる。
 
その強められた考へる力によつて、己れのこころにそそりが及んできてゐるのがおぼろげに感じられるやうになる。
 
そしてさらに、だんだんとそのそそりがこころの中の何をそそつてゐるのか、明らかになつてゆく。
 
それが明らかになるほどに、こころは満ち足りを感じる。こころのなかに精神が生まれるからだ。
 
そして、そのこころの満ち足りは、自分だけの満ち足りに尽きずに、人との関はり、世との関はりにおいてこそ、本当の満ち足りになるはずだ。
 
こころの満ち足りは、やがて、ことばとなつて羽ばたき、人と人とのあひだに生きはじめ、精神となつて、人と世のあひだに生きはじめる。
 
こころの満ち足りが世の繰りなしとひとつになつてゆく。
 
ひとりで考へる力は考へる光となつて、人と人のあひだで、人と世のあひだで、明るく灯されるのだ。
 
 
 
考へる力が強まる、
精神の生まれとの結びつきの中で。
それは感官へのおぼろげなそそりを
まつたき明らかさへともたらす。
こころの満ち足りが
世の繰りなしとひとつになりたいのなら、
きつと感官への啓けは、
考へる光を受けとめる。
 
 



posted by koji at 23:00 | 大阪 | Comment(0) | こころのこよみ(魂の暦) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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