2018年10月29日

淡々と語る? 〜幼児への語りかけ〜


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以前、言語造形のレッスンを受けて下さつたある方から「幼児へのお話しの語り方」について、ご質問を受けました。
 
それは、シュタイナー教育などでよく言われてゐる「幼児教育の場で、感情を込めず¨淡々と¨語ることで、子どものイメージの力を使わせる」ということについてのご質問でした。
 
このご質問は、わたしにも、本当に、よく問はれます。
 
そこで、書かせてもらひましたことを、改めてここでも記させてもらひます。
 
 
ーーーーー
 
わたしは、幼児であれ、大人であれ、「本物の言語」を語って聴かせることが絶対に大事だと思っています。
 
幼児用のことば遣いやお話の語り方などは、ないのです。
 
感情は込めるものではなく、生まれるものであり、おのずから立ち上がってくるものであり、それこそが本当の感情です。
 
よく言われていることで、幼児教育の場で「感情を込めず¨淡々と¨語ることで、子どものイメージの力を使わせる」ということは、その「込められた」感情を嫌っているということではないでしょうか。
 
そして、「込められた、捏造された感情」を嫌うあまり、「淡々と」というお題目に甘えて、実に平板な語りに安住してしまっている。
 
それが実情だと思います。
 
そこには、ことばに対する見識がほとんどありません。
 
シュタイナー教育でよく言われている「感情を込めず¨淡々と¨語る」だけしていますと、確かに子どもにイメージを使わせますが、「知的なイメージ」ばかりふくらます子どもを育ててしまいます。
 
そこに、意志の働きをもたらさないと、つまり、身振りに裏打ちされたことばでないと、子どもの意志が育ちません。
 
ことばにふさわしい人間的な身振りをもって話すこと。身振り、それは、人の意欲や意志の働きから生まれます。
 
一方、ことばの発声はできうるかぎり明瞭にすること。この明瞭さこそが、思考の働きであり、「淡々と」という意味なのです。
 
その明瞭に発音されることばと、身振り。
 
そのことばは、思考と意志の融合となります。
 
そのときの表出は、そのことば、そのことばに、ふさわしい感情の表出になります。
 
それは、ときに、静かな響きになる時もあれば、活発で劇的な響きになる時もあります。
 
それは、ことばと文に沿って変わってきます。
 
その響きは、いずれも、人のイマジネーションを引きだします。
 
実際に、言語造形による物語りを聴いていただく機会を、どんどん増やしていきたいと考えています。
 
 
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2019年1月開校!
『言語造形と演劇芸術のための学校』
https://kotobanoie.net/school/
 


posted by koji at 19:34 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 言語造形 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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