2018年10月27日

失はれ続ける風景に抗することばの芸術


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二日前の早朝、玉出といふ場所に降りて行く坂を歩いてゐて、西の空に落ちて行かうとする大きな、大きな満月に胸を衝かれる。
 
その坂は、大阪の上町台地の西南の端で、百何十年前からだんだんと大阪の海が埋め立てられていく前は、万葉の歌にも数多く歌はれてゐる住吉(すみのえ)の浜だつた。
 
それは、それは、美しい風景が拡がつてゐたであらう、「歴史的名所旧跡」である。
 
しかし、いま、かうである。
 
いま、落ちて行く望月を見ながら、目の前に張り巡らされてゐる電線と灰色の建物の群れを、こころの眼の前から追ひ払ふ。
 
 

住吉の岸の松が根うちさらし
寄せ来る波の音の清けさ (巻七 1159)

 
 
 
万葉の歌をもとでに想像する力をフルに使ふ。
 
さうすると、いまでも潮騒と海の香りと姫松並木、そしてその向かうに見えてゐた月が、浮かび上がつてくる。
 
失はれてしまつた風景。
 
文学といふことばの芸術を大事にしないと、人は容易に風景を壊し、そのかけがへのない美しさが失はれてしまつても、痛くも痒くも感じないやうになつてしまふ。
 
だからこそ、詩人によることばの調べをどこまでも尊重する教育を。国創りを。
 
 


posted by koji at 13:16 | 大阪 ☔ | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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