九月の末に行つた天武天皇の都があつた近くの飛鳥の里。
このところ、集中して『古事記伝(ふることぶみのつたへ)』の読書を楽しんでゐます。
一千年間、誰もまともに読むことができなかつた『古事記』。
漢字ばかりの難読書だつたその『古事記』を、本居宣長はよくもこれだけ、やまとことばのみで訓み下して下さつたことだ、と心底、感嘆します。
古い日本人が語つてゐた日本語の調べ、その語りの調べを大切に守りながら天武天皇が改めて語られ、稗田阿礼が全身で聴きとり憶へ込んだ、その調べを、宣長は見事に甦らせたのです。
大事なのは、調べです。
その調べこそが、言霊であります。
そこに、日本人ならではの身振り、さらには神代(かみよ)の手振りが伺はれるのです。
理屈ではなく、身振り、手振りにこそ、日本人の信仰の拠りどころがあります。
ですので、この日本には、宗教書や倫理を教唆するやうな書物は、どこかそぐひません。
『古事記』は物語です。
確かな「もの」を「ものものしく」語り伝へようとしてゐます。
そして、その調べを漢字のみで記録せざるをえなかつたのにも関はらず、それをなしとげた太安万侶も偉い人です。
そのやうな、精神のリレーがなしとげられた一冊の本。
心底尊敬できる著者。
一度読んだだけではよく分からないからこそ、何度でも愛読できる本。
これを座右に置くことができることは、仕合はせなことだと思ひます。
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