2018年03月10日
古(いにしへ)の人 〜近江神宮を訪ねて〜
昨日、琵琶湖の西岸の少し奥に入つた所に鎮座まします近江神宮に初めて参拝した。(車で送つてくださつたMさん、どうもありがたうございました)
寒の戻りか、とても寒く、小雨降る中、人気も少ない。
ここは、天智天皇の大津宮跡ともいはれてゐる。
壬申の乱の兵火ですべてが灰塵と化し、当時、その華やかだつた都の荒れ果てた様を何十年か後に見て、高市黒人(たけちのくらうど)が旧都を偲んで歌を歌つてゐる。
ささなみの 国つみ神の うらさびて 荒れたる都 見れば悲しも (萬葉集33)
歌人が歌の念ひに見舞はれた当の地に実際に足を運んで、そこでその歌を朗唱する。
そこにじつと立ち尽くせばこそ、歌に秘められてゐる深い情念が味ははれることがある。
どのやうことがここで起こり、どのやうな悲しみが人々を襲つたのか。
そのことに想ひを深めていくことが、文学の道であり、歴史の道であり、わたしのいのちの道である。
また、黒人による別の歌がある。
古(いにしへ)の 人に我あれや ささなみの 古き都を 見れば悲しき (萬葉集32)
「古の人」。これは単にむかしの近江の旧都の人といふ意味でない。
日本の神のこころと身体とがまだ離れてゐない状態を生きた精神のことだ。
さういふたいせつにしなければならない精神が失はれていくことを偲びに偲んで、黒人は歌つた。
なぜ、たいせつにしなければならないか。
それは、たいせつにしなければならないものごと程、たやすく忘れられてしまふからである。
さういふものごとは極めて繊細ななりたちをしてをり、代々、志ある人が、その壊れやすさゆゑ、たいせつに護り育て、後代に伝へようとして来た。
そして、そのやうな繊細なものごとを扱ふことのできる人は、いついつも、極めて少数の限られた人であらう。
「古の人」とは、いつの代にもをられる、さういふ人のことである。
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場所:
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「蛇の輪(創作昔話)」 諏訪耕志
12:45 シェアリング
(全員で感想を語りあい聴きあいましょう)
13:00 終了
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