2018年02月23日

この上ない文学的感銘 〜谷ア昭男著「保田與重郎」を読んで〜


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保田與重郎といふひとりの日本人。
 
「会つてみると、『一時ぼく等は誰も彼も保田党であつた』と言ひたくなるくらゐ、魅力ある男である」
 
さう壇一雄は対面した時の印象を記してゐるさうである。

先入観や浅薄なさかしさに惑わされずに、「会つて」みて、初めて感じられるその魅力を谷ア氏は「つとめて文学のことばで記したい」とはしがきに述べてゐる。
 
生前親しくその謦咳に接してゐた谷ア氏にとり、保田與重郎という人は、一言で云つて「畏き人」であつたといふ。そして、その人の死の後、全四十五巻の保田與重郎全集の編纂を荷はれた。その編纂そのものが氏の保田與重郎論であるといふ谷ア氏ご自身の述懐に、わたしは大いなる感謝と共に深く頷く者である。
 
そして、この一冊の評伝のあとがきに、執筆するのに予定よりも十年以上遅れてしまつたゆゑが述べられてをり、それをご自身の怠惰によらしむるところだとしてをられるが、仕上げられたこの書自体が、決してさうではないことを証してくれてゐる。
 
まづ一読した後、わたしが思ふのは、人といふものにこれだけ深く親しく踏み込まうとする書をものするには、懸ける必要のある時間ならば可能な限り、懸けなければならぬといふことである。
 
そして、この一書に於いては、その懸けられた時間が隅々にまでものを言つてゐることを感じる。
 
本文の最後の一文を讀み終へ、次の頁を繰ると、白紙であつた。その真っ白な頁をみたとき、わたしは保田與重郎といふひとりの人の生涯が終はりし後、宇宙の虚空に自身が放り投げられたやうな感覚に包まれたのである。それは、この上ない文学的感銘であつた。
 
日本の文学史のみならず日本の精神史に記されるべき保田與重郎といふ人を、後世のこころざしある者に伝へるべく、この評伝が著されたことは全集刊行と共に、谷ア昭男氏の偉業であると思ふ。
  
 


posted by koji at 15:28 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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