2018年02月11日

休まないで、動き続けること


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今日も、いつもの日曜クラスで生徒さんたちと共に言語造形に取り組む。
 
このクラスも、生徒の皆さんが積み重ねて来てゐる少しずつの修練がものを言つて、本当に充実した時間だつた。
 
昔話も、草野心平の詩も、源氏物語も、いずれも、ことばの響きがもたらす余韻が、本当に凄い。
 
この余韻といふ沈黙こそを、昔の人は「言霊」と呼び、ここにことばの精神を聴きとつてゐたのだらう。
 
ことばの精神のことを、高知の国学者・鹿持雅澄は「言霊の風雅(みやび)」といつた。
 
沈黙の豊かさ・深さ・生命力は、ことばを発声する人がどれほど活き活きと内的に動きの中にありつづけてゐるかに懸つてゐる。
 
ことばの法則に沿つて動きが活き活きとなされることによつて、豊かな静かさ(言霊の風雅)が立ち顕れる。
 
写真は、一昨昨日の新横浜での、翻訳家の方々、アントロポゾフィー医学読書会の方々との言語造形のときのもの。(冠木さん、いつもありがたうございます)
 
太宰治の『駆け込み訴へ』に取り組んで下さつてゐる時の写真。
 
動いて、動いて、動きつくす。
 
大人になつて、こんなに動き回ることはなかつたのではないか、といふぐらい動いていただく。
 
ましてや、ことばを話すために、こんなに動くなんて、おそらくこれまでの人生の中でもご経験がないのではないか。
 
平家物語も、「コリント人への手紙」も、ミルトンの「失楽園」も、岡倉天心の「茶の本」も、シュタイナーの医学論も、言語造形を通して、動きをもつて発声されることを通して、すべてがことばの芸術になりゆく。
 
休まないで、動き続けること。
 
これが、ことばの芸術のいのちであり、人が人としてあることの秘密のひとつだ。
 
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posted by koji at 13:43 | 大阪 ☁ | Comment(0) | ことばづくり(言語造形) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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