何十年ぶりに川端康成の『雪國』を讀む。二十代の時に讀んだ時もこの作品には強く惹かれた。しかし、五十代になってゐるいま、ここに登場してくる女や男の悲しみが、以前よりいつさう身に沁みるやうに感じる。
男は、他者の悲しみ、苦しみが分からない。
そして、自分自身の生きてゐる意味も見いだせない。
さうして、作品の最後のところ、女が気が狂つてしまつた時、男は己れのなかへ、夜空に高く流れてゐた天の河が、さあと音を立てて流れ落ちて來るやうに感じる。
自分自身のありきたりの宿阿を吹き飛ばすやうな、ひとりの人の生死の境に出逢ふ時(それが他人の生死であらうと自分自身のであらうと)、天から何かが急に己れのうちに流れ込んで來て、それによつて、激しく揺さぶられ、攫(さら)はれ、洗はれ、そして、ありきたりでない自分自身に生まれ変はつてしまふといふこと。わたし自身、若い時には分からなかつたその感覚。
今回はいつさうのリアリティーに迫られて感銘深く頁を閉じた。
後の世代の日本人が、かういつた文学を愛讀していく、そんな機縁を生み出していくために仕事をしていくのだ。
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