奈良の佐保にある聖武天皇のみささぎの前に立ちつつ、こころの中で語りかけさせていただくと、物凄い風が吹き出し、木々の緑がものものしく語つてゐるやうに感じられて仕方がありませんでした。
ご在世の頃、どれほど激しい事が、年月を継いで、日を継いで起こつたかを知り、また、そのひとつひとつに立ち向かはれた御至誠を念ひます。
今の日本があるのは決して当たり前のことではないことを、風にざわめく緑の木の葉がわたしに教えようとしてゐるかのやうでした。
聖武天皇御製歌
あをによし奈良の山なる黒木もち
造れる室(むろ)は座(ま)せど飽かぬかも
(萬葉集 一六三八)
奈良の山の黒木で造ったこの室は、いつまで居ても飽きない・・・。
風が山の木々と親しく密やかな対話を交わし続けてゐるやうに、すめらみことご自身も自然のあらゆるものと親しく内密な対話を交わすことに、この上ないお喜びを感じられてゐたのではないか。
風、水の流れ、空のあを、穏やかな日の光、たなびく雲、そして、それらに育てられた樹木で仕立てられる日本の室。
そのやうな室の中に身を置いてゐると、外の世にをけるあまりにも激しい有為転変から生まれるこころの動きがだんだんと静められ、今までに見たことのない静かな世が展かれてくる・・・。
わたしは、そんな静かさを希求する激しさを感じました。
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