2017年05月09日

一目みてこころを決める


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先日のシュタイナー教員養成講座でもお話しさせてもらつたのだけれど、子どもたちだけでなく、まづわたしたち大人自身が、ものをよく「みる」こと、じ〜つと「みる」ことから始めることの意味深さ。
 
「みる」といふことばの底には、「愛(め)づ」「愛(め)でる」といふ極めて感情的なことばが息づいてゐる。「愛(め)づ」といふことばから「めづらし」といふことばも生まれる。
 
人は、何でも見てゐるやうに思ひ込んでゐるが、愛してゐるものしか、実は見てゐないし、見えてゐない。
 


本を讀むときでも、それは当てはまる。
 
本といふ人格と精神が総動員されてゐるものを、まづは、徹底的に信頼して、愛して、目を皿のやうにして愛でて讀むことによつて、本は秘めてゐる秘密を初めて打ち明けてくれる。
 
さうして、そんな「みる」といふ意欲的・感情的な行為から、やがてゆつくりと「考へる」「知る」といふ対話的行為へと、こころが深まつてゆく。
 
そんな行為にいざなふ本こそが、讀むべき本だと感じる。
 
 

昔の日本人は、そんな「みる」力を相当強く養つてゐたやうだ。
 
結婚するために、「お見合ひ」をする。
 
そのとき、相手の年齢や職業などをそこそこ弁えるだけで、あとは、ほとんど、「一目でみて」決めてゐた。
 
相手の趣味や収入や性格やその他様々な情報などは置いておき、たつた「一目みて」こころを決める力を持つてゐた。
 
さういふこころの力を育むことが教育の基だと念ふ。 


posted by koji at 08:30 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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