2017年04月08日

こころのこよみ(第52週)〜十字を生きる〜 (再掲)


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来週の日曜日に今年の復活祭が巡ってきますので、この日曜日からの週が『こころのこよみ』全52週の最終週になります。
 
眼といふものは、実は腕であり手なのです。
 
何かを觀るといふ行為は、実は手を伸ばしてその何かに触れる、もしくはその何かを摑むといふことなのです。そのやうな見えない腕、見えない手が人にはあるのです。何かをぢつと觀る、それはとても能動的な行為です。おほもとに、愛があるからこそ、する行為です。 
 
 
見れど飽かぬ吉野の河の常滑(とこなめ)の絶ゆることなくまた還り見む
柿本人麻呂 (萬葉集0037)

 
 
 
『こころのこよみ(第52週)〜十字を生きる〜』
 
こころの深みから
 
精神がみづからありありとした世へと向かひ、
 
美が空間の擴がりから溢れ出るとき、
 
天の彼方から流れ込む、
 
生きる力が人のからだへと。
 
そして、力強く働きながら、ひとつにする、
 
精神といふものと人であることを。

 
 
Wenn aus den Seelentiefen 
Der Geist sich wendet zu dem Weltensein 
Und Schönheit quillt aus Raumesweiten,
Dann zieht aus Himmelsfernen
Des Lebens Kraft in Menschenleiber
Und einet, machtvoll wirkend,
Des Geistes Wesen mit dem Menschensein.
 
 
ものをぢつと觀る。ものがありありとしてくるまで、ぢつと觀る。そのとき、こころの深みが動く。こころの力を振り絞つて、そのものとひとつにならうとするとき、わたしの精神とものの精神との交流が始まる。
 
そして、また、そのときに、方向で言へば、まさに上から、天から、そのつどそのつど、フレッシュな光、息吹き、啓けがやつてくる。
 
言語造形をしてゐるときも、同じだ。
 
みづから稽古してゐるとき、うまくいかなくても、それでも繰り返し、繰り返し、ことばがありありとしたものになるまで、美が立ち上がつてくるまで、ことばに取り組んでゐるうちに、また、他者のことばをこころの力を振り絞りながら聽いてゐるときに、「これだ!」といふ上からの啓けに見舞はれる。
 
そのたびごとに、わたしは、力をもらへる。喜びと安らかさと確かさをもつて生きる力だ。
 
精神である人は、みづからのこころとからだを使つて、ぢつと觀る。聽く。働く。美を追ひ求める。
 
そのとき、世の精神は、力強く、天から働きかけてくれる。
 
そして、精神と人とをひとつにしようとしてくれてゐる。
 
人と世が美を通して出會ひ(横の出會ひ)、人と天が生きる力を通して出會ひ(縱の出會ひ)、その横と縱の出會ひが十字でクロスするところで、『こころのこよみ』は、この第52週をもつて一年を終へる。
 
 
 
こころの深みから
精神がみづからありありとした世へと向かひ、
美が空間の擴がりから溢れ出るとき、
天の彼方から流れ込む、
生きる力が人のからだへと。
そして、力強く働きながら、ひとつにする、
精神といふものと人であることを。



posted by koji at 07:25 | 大阪 ☔ | Comment(0) | こころのこよみ(魂の暦) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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