2017年01月30日

大人としての成熟に向けて 〜蒼井悠人さん「Quotes of the day」より〜


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蒼井悠人さんのブログ「Quotes of the day」の中から、
一年半前の記事ですがシェアさせてもらひます。
http://aoiharuto.squarespace.com/quotes-of-the-day/2015/10/15
 
ここで取り上げられてゐるのは、
昭和十一年に書かれた小林秀雄の『現代の學生層』といふ文章。
 
「大正デモクラシー」といふコトバにまみれるやうにして、
日本の世相が近代化の成熟、爛熟に至つてゐた約十五年間。
 
その大正時代を経て、多くの若い人たちが、
物質的な豐かさ故の虚しさを抱えて煩悶してゐたことを、
わたしは多くの先人たちが殘してくれた文章を通して、
知ることができました。
 
「大正デモクラシーをひと口で言ふと『猫なで声』と答へる」
(山本夏彦) 
 
いつの時代でも、若者たちは、志を己れの内に秘めてゐます。
昭和十年代のその秘められてゐる志に向けて、
小林秀雄は己れの志・ことばの矢を放つてゐます。
ぜひ、蒼井さんの記事でお讀みいただければと思ひます。
 
また、この蒼井悠人さんのやうに、
かういつた文章を選んでわたしたちにそつと指し示す人が、
現代にもゐるといふことに、
こころの泉から清い水が湧き出てくるやうな感慨を感じます。
 
成熟した、もしくは成熟を目指してゐる文章を書く人がゐて、
またさういつた文章を讀む力のある人がゐるといふこと。
さういふ書き手と讀み手が互ひに人としての力を高め合ふ關係性。
それは、本当にこころ強いことだと念ふのです。
 
さういふ關係性を通して、ひとりひとりの人が、
ことば・國語との付き合いを丁寧に育てていく。
 
そのやうな昔からの國語教育が、我が國では
少なくとも明治時代の半ばまで殘存してゐました。
 
その國語力の成熟こそが、
つまるところ、民族の成長力、國力として、
世界の中に於ける独自な貢献力へとなり變はつてゆく。
さう信じてゐます。
 
大きなものに、小さなものに、
みずから貢献する力の一部となりたい、
といふ若い人たちの志に火を点けること、 
さういふ關係性こそが、
わたしなど何よりも生きていく上での励みになります。
 
先人の文章といふものに敬意を抱きつつ、
ことばの道、文章の道、文藝の道が、
尊いものであることを念ひ起こしていく運動に、
わたしも馳せ參じてゐます。
 
ことばの美の道です。


posted by koji at 14:07 | 大阪 🌁 | Comment(1) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本當に胸を射拔かれるやうな小林大兄の文章です。

よく樣々な神社などを訪ねながら、我が國の奧底には、いまだに古典の精神・神話の精神が密やかですが滔々と流れてゐることを感じます。

さういふ古典が我が國にはあるからこそ、小林大兄のやうな批評家がこの國に必要なのだと。
多くの先人たちの眞摯な文學の學びによつて古典精神が傳へ殘されてきたからこそ、この國がいまだにこのやうにありえてゐるのではないか。

そのやうな矢を放ち続けるやうな先人たちがゐたといふことが、若者たちにみづからのこころの矢も惜しみなく打ち続ける心意気を與へて來たのではないか。

神話は、いまも、現實の世の内に息づいてゐる。

そのことをわたしが教へられたのは、まづもつて小林秀雄その人でした。
Posted by 諏訪耕志 at 2017年01月30日 17:17
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