2017年01月24日

十年にして初めて神話の日に入る


IMGP5446.JPG


十年、眞つ向から何かに取り組んだ者にして漸く、
自分のしてゐることは、
自分だけの力で成り立つてゐるのではなく、
他の力との協働でなければ成り立たないことを身をもつて知る。
 
他の力、他力とは、
もう少し、文學的で本質的なことばにすると、
神の力である。
 
十年にして初めて、
創造とは必ず神の生み出すところによる、
といふことである。
 
「十年にして初めて神話の日に入る」
 
これは極めてリアルなことである。
 
十年である。
 
やはり、十年、要る。
 
人爲ではない、「何か」が生み出されるには、
十年間の修業の日が、修羅の日が、どうしても要る。
 
何かを引きずり囘したつもりが、
實はその何かに引きずり囘されてゐたことを知るのに、
十年はかかるのだ。
 
どんな仕事でも、眞つ向から十年取り組んだ人ならば、
そのことをきつと了解してくれるだらうと思ふ。
 
だから、自分たちの役目として、
若い人たちに、
そんな十年の修羅の時を經させることの可能な土台を、
しつかりと用意し、運營していくことができるのか、
といふことがある。
 
何の大きな組織にも屬してはゐないが、
「ことばの家」を通して自分が、
そのやうなことができるのかどうか、
今年はよく考へながら、探つていきたい。



posted by koji at 00:26 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。