2016年12月16日

日本の家庭 (一) 〜我が國固有の文化としての〜


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我が家の長女も十一歳。
ここ一年ほどの間に、
親の言ふことにはすべて從つてゐたこれまでとは、
當然のこと變はつてきて、
所謂「難しいお年頃」になつてきました。
 
親子の間、家庭の中に、日々いろいろなことが起こりますが、
いま、とりわけ、かう感じてゐます。
 
生まれてからお凡そ十年間、
彼女は父と母のことを
とてつもなく大きな愛と無條件の信頼で見守つてくれ、
なによりすべてを許してくれました。
 
これからの十年間は、
こころの自立に向かつてゐる彼女を、
わたしたち夫婦が、
からだもこころもべつたりだつた時のやうな愛ではなく、
より精神的な愛と信頼をもつて見守り、
その自立を促し、世間へと送り出していく時期なのだなあ・・と。
 
さう感じてゐる今日この頃、
自分は男であり、
娘との向かひ合ひにも必然的に意識的にならざるをえません。
そこで、改めて、
「父親」と云ふ役割に就いて考へることが最近増えてきました。
 
わたしは、このご時世の中、
いろいろなものが入り混じつてゐて、
ここ日本が東洋なのか西洋なのか、
判然としないありさまに生きていゐます。
 
世の中には樣々な價値觀があり、
また時の移り行きの中で、
その時代その時代特有の價値觀もあると思ふのですが、
わたしはひとりの日本人として、
何か確かなもの、
美しいと感じられるもの、
地に足の着いた土着のもの、
つまり我が國固有の文化を求める氣持ちの高まりを
強く感じてゐます。
 
そこで、先の大東亞戰爭の敗戰以前の、
日本の家庭觀、
日本の父親像と云ふやうなものを調べ、考へてゐます。
 
戰後のあまりにも偏向した左翼的な教育思想から、
できるかぎり自由になりたいと考へてゐます。

第二囘 http://kotobanoie.seesaa.net/article/445052442.html?seesaa_related=category 

第三囘 http://kotobanoie.seesaa.net/article/445318564.html?1482901746




posted by koji at 15:36 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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