2016年12月13日

ことばの道がわからなくなってしまつてゐる文学者


流行語大賞の審査員である俵万智氏の次の発言を讀みました。


 「死ね」が、いい言葉だなんて私も思わない。
 でも、その毒が、ハチの一刺しのように効いて、
 待機児童問題の深刻さを投げかけた。
 世の中を動かした。そこには言葉の力がありました。
 お母さんが、こんな言葉を遣わなくていい社会になってほしいし、
 日本という国も日本語も、心から愛しています。



さらに、前衆議院議員の杉田水脈氏が、この発言について、かう仰つてゐる。
 

流行語大賞の審査員である俵万智氏の発言が話題になっているようです。
この問題、何度も言いますが、前提条件が間違っています。
今回の俵氏の発言も然りです。

1.「保育」は福祉施策です。
 福祉とは、“私達の税金”を使って生活力の乏しい人を支援するものであって、
 誰でもが自由に受けられるサービスではありません。
 ブログを書いた人が保育所に入れなかったのは、
 もっと必要度が高い人がいたというだけのことです。
 実際、この人は自分で何とかできるレベルだったのではないでしょうか?
 その後、このブログの主が「保育所に預けられないので生活が困窮した」
 という話は全く出ていません。

2.この問題は各自治体レベルの問題です。
 実際に待機児童が発生している自治体は、全体の1割に満たない。
 それ以外の自治体は子供が減って保育所や幼稚園を減らす方向です。
 「待機児童の深刻さを投げかけた」という発言は
 一部の都会の人にしか理解されていません。

3.地方の問題なのに国会で取り上げた山尾しおり議員ですが、
 結局、何の結果も出せていません。当たり前です。
 国の問題ではないので、法律や規則の変えようがないからです。
 「世の中を動かした」とおっしゃいますが、何も動いていません。



ことばは、
それを言つた人、書いた人から、分離して、
一人歩きして、世に働きかけ、影響を及ぼすもの。
 
だから、ことば遣ひや文章は畏るべきもので、
尊ばねばならないと思ふ。
 
これは、日本と云ふ國の古代からのしきたりである。
 
こころが濁つてゐるとき、
その濁つたこころが、
ことばをもって世に働きかけてしまふ。
 
だからこそ、
我が國では古來、ことばの運用に意識的になることで、
こころを整える道を弁えてゐた。
 
その道を荷ってゐたのは文学者だつた。
 
俵さんは、何を言つてゐるのだらう。
 



posted by koji at 15:47 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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