2016年12月04日

失はれていく記憶 〜明治神宮、靖国神社、そして讀書の學〜


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夫婦楠。明治天皇神と昭憲皇太后神の強い結びつき。
 
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左端に写つてゐる男性の真摯な念ひに満ちた立ち姿がとても印象に残つてゐます。


 
何ごとも時あるものと知りながらなほいそがるる人ごころかな
(明治三十八年)
 
明治神宮へ參拜してきました。
この歌は南手水舎に12月に奉掲されてゐる明治天皇の御製歌です。
 
それにしても、原宿や澁谷と云ふ街に隣接しながら、
なんといふ神々しさをこの社と杜は湛えてゐることか。
 
たくさんの外國からの旅行者らしき人々がをられましたが、
わたし自身、その神々しさを肌身に感じることができ、
自分が日本人であることの歡びを足の下から感じることができたのでした。
 


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次の日、幕末から昭和の大東亞戰爭の時までに、
この國を守るために戰はれた英靈の方々をお祀りしてゐる、
靖國神社に初めて參拜できました。
わたしにとつては念願の日でした。
 
靖國神社は明治二年(1869年)に、
明治神宮は大正九年(1920年)に創建されましたが、
雅いとも云へるこの二つの社にこのたびお參りすることができ、
わたしは東京といふところが、
このふたつの社にいまだ強く守られてゐることを感じたのでした。
 
 
明治維新の時、それはいまから百五十年ほど前、
大きくふたつの意識が混沌の中で沸騰してゐたやうな時でした。
 
古い固有の文化・文明を守り通してきた日本。
そして、これから世界に向けて開かれていく新しい日本。
 
この古い日本と新しい日本の狹間で、
その混沌を奇蹟的にひとつにまとめ束ねられた明治天皇。
 
それまでの日本といふ國がどのやうな歴史の道を歩んできたか、
と云ふことに對する確かな深い洞察をもつてをられたからこそ、
明治天皇はあの時代を導く精神の體現者であり、
牽引者となられたのだらうと思ふのです。
 
ちはやぶる神のひらきし道をまたひらくは人のちからなりけり
(明治三十六年)
 
いま、といふ時代が、日本といふ國に何を求めてゐるのか。
この時代に、日本と云ふ國は世界に向かつて何をもつて立つのか。
 
そのやうな自分自身に重なる問ひを抱きながら、
水道橋で行はれた、
一般社団法人日本平和学研究所 月例講座(讀書の學) 
に參加し、『昭和精神史』の著者、桶谷秀昭氏と、
『小林秀雄の後の二十一章』の著者、小川 榮太郎氏、
おふたりの謦咳に接することができました。
 
桶谷氏から小川氏へと受け繼がれてゐる、
尊い理想への靜かだけれども熱い情熱と、
いつさうの深い悲しみに觸れたやうに感じたのでした。
 
わたしたちは破壞されていく日本の風景と、
失はれていく美しい記憶の果てに、
いつたい、どのやうな甦りを摑むことができるのだらう。
 
きらびやかな東京の夜の街を通り拔けて、
深夜大阪に歸つてきました。
 


posted by koji at 22:22 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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