2016年11月30日

時の主(あるじ)

 
さう、時閧ニは區切ることができないものなのですね。
 
ここまでは仕事の時閨A
ここまでは家族につきあふ時閨A
ここからは自分だけの時閨E・・
なんていふことは本當はあり得ない。
 
この人生でわたしに與へられてゐるすべての時は、
誰にも奪はれることはないし、
わたしは、何かや誰かのために、
自分の時閧費やすことなど絶えてない。
 
どんな時でも、すべての時閧ェ、自分自身のものです。
 
だから、どの人とゐても、どの場所にゐても、
他の誰のものでもない、
すべて自分自身の時閧生きてゐる。
 
そのことを踏まえたうえで、更に希ふことは、 
わたしは、できる限り、仕事場にゐたい。
そして、できる限り、家族と一緒に過ごしたい。
 
それは、
仕事こそがわたしのいのちを最高に熱く高めてくれますし、
家族こそがわたしのいのちの最善の據りどころだからです。
 
すべての時閧ェ、わたしの時閧ナす。
 
だから、わたしは、時の主(あるじ)になることができます。
 


posted by koji at 20:31 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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