2016年11月23日

袖ふる、といふことば 


茜(あかね)さす紫野(むらさきぬ)ゆき標野(しめぬ)ゆき
野守(ぬもり)は見ずや君が袖ふる 

 

今日の萬葉集クラスで生徒さんと稽古した額田王の歌です。
 
この歌に祕められてゐる切なさには、自分自身の乏しい體驗のうちにも、いくつかの憶へがあるので、この歌を聽いてゐて、とても甘酸つぱいやうな情が胸の奧からせり上がつて來るのでした。
 
もう何十年も前ですが、南の國のある港から出航していく船に乘つていくわたしを見送つて、岸壁でいつまでも袖を振つてくれてゐる人を船中の窓から見ながら、なぜだか滂沱の涙が止まらなかつたこと。
 
空港のゲートをくぐり拔け、後ろを振り返ると、周りの多くの人に遠慮しながらも袖を振つて見送つてくれた人に、こころが熱くなつたこと。
 
一首の歌の、ひとつのことばが、まるつきり忘れてゐた想ひ出をみづみづしく甦らせてくれることがあるのですね。
 
 
また、この歌の調べのよさ。
 
茜(あかね)さす紫野(むらさきぬ)ゆき標野(しめぬ)ゆき
野守(ぬもり)は見ずや君が袖ふる 

「あ」の母音から始まり、
「う」の母音が歌を導いていくその切なさ。
 
そして下の句に入つて、「野守(ぬもり)は見ずや」の
最後の音「や」で、また一氣に「あ」の音が擴がり、
紅に色づく女の頬が見えてくるやうです。
 
最後は、「袖ふる」で終はり、
「う」の母音が切なさをいつさう深めながら、
餘韻としてやがて消えゆきます。
 
 
一千四百年ほど前に詠まれた、見事な歌です。


posted by koji at 00:19 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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