戰中の昭和十七年に畢生の大著たる『萬葉集の精神』を世に送った著者が、
その約三十年後、昭和四十六年から五十四年まで約九年かけて、
五十回に分けて雜誌に連載したこの『わが萬葉集』。
文庫本にして約600頁にわたる本書。
一首ごとの注釋は、
三十年前に比してさらに圓熟味を増し、
わたしも二回通讀したが、讀めども讀めども盡きない滋味あふれたものだ。
萬葉の多くの歌が、讀み手に現世とは別の世の感覺をもたらす。
その感覺がもたらす現世の時閧フ停止。
その「まさか」の(ま)こそが、
言靈の風雅(みやび)が息づくときである。
そして、保田は、
萬葉集の精神を三十年前に變わらず一貫して説いている。
萬葉集全體を貫く精神に、
一回ごとのテーマに沿って樣々な觀點から光を當てて、
繰り返しこの國民文學の本質をあぶりだすような記述なのだ。
この集が大伴家持によって殘されなかったならば、
日本人はみずからの歴史の信實を知り得なかったかもしれない。
日本語、そして日本という國も、殘されていなかったかもしれない。
この萬葉集こそが、「日本書紀」や「續日本紀」以上に、
わが國史の信實、「皇神(すめがみ)の道義(みち)」をわたしたちに傳えている。
保田は、そう、繰り返し、説いている。
「萬葉集古義」において土佐の國學者・鹿持雅澄が、、
「皇神(すめがみ)の道義(みち)は、言靈の風雅(みやび)に顯れる」
というおおいなる日本文學の精髓を掬いだし、
保田は、その一點をこそ、己れの精神の泉のありかだと見定めたように思える。
生きた激しい生命の文學としての、古典の注釋。
生きた文學であるからこそ、
各々の國民のこころの奧深くに鎭まっている歴史を掘り起こすことができる。
國學とは、そのような注釋という行爲そのものである。
江戸時代の國學者たちがなしあげたその仕事は、
文明開化、富國強兵という大忙しの世情の中で、
明治と大正の代ではなきものにされてしまった。
保田は、その大仕事を昭和の代に新しく引き繼いだ。
わたしたちは引き繼ぐことができるだろうか。
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