2016年06月02日

土着の精神

 
言語造形の生徒さんたちの稽古する作品、
 
まどみちおの詩、
小林秀雄の『無常といふこと』、
森鴎外の『じいさんばあさん』、
佐々木喜善採取による昔話『つぶ長者』、
などなど、
 
それらの作品が研がれ、磨かれ、琢(かざ)られてゆくとき、
作品自体に隠されていて、
眼で読むだけでは見てとることができなかったもの、
香りのようなもの、
味わいのようなもの、
明暗のようなもの、
熱のようなもの、
それらが立ち上がってくるのを、
まざまざと感覚できる。
 
その立ち上がってくるものを古人は、
言霊の風雅(みやび)といっていた。
 
とりわけ、
毎週火曜日の詩歌クラスでは、
皆、萬葉集に取り組んでいて、
その言霊の風雅が、
ある精神性の表われとして、
現代の時空にさえ強く響き渡るのだ。
 
萬葉集に録されている歌が、
素朴な古代人の、
素朴な感情を謳い上げたものだという、
明治以来の国文学的紋切り型な定見!
 
そんなものを打ち破る激しさ、悲願、こころざし、
国史に対する人の抱き得る最も高い理念が、聴こえてくる。
 
それは、
現代のわたしたちが己れのこころと身体の奥底に、
いまだ秘めていると思われる、
輸入物ではない、土着の精神性だ。
 
わたしたちの国の歴史の深みに、
地下水のように流れていた、
その土着の精神。
 
その精神を学ぶ、国学。
 
そこに立ち返ることで、
わたしたちひとりひとりも、
自分自身を貶めることなく、
他者と比べて劣等感に苛まれることなく、
己れという存在そのものに、
信頼と愛をもって生き抜いていくことができる。
 
そう、確かに念う。


posted by koji at 20:27 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 言語造形 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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