2016年05月19日

7年間の読書会終わりました! 『自由の哲学』


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『自由の哲学』(ルドルフ・シュタイナー)の講読会。
2009年4月から月に一回から二回のペースで7年間かけて、
今日終わりました。
 
皆さん、本当に、頑張りました。
楽しかった。
 
自由ということをどう捉えるか。
 
そのことが我が人生を織りなしていますし、
そのことが我が家庭でも最も大事なことです。
 
受講者の方で、
この本を一世一代の本と捉えた方がいらっしゃいました。
 
わたし自身にとっても、つまるところ、
この本こそが、
ルドルフ・シュタイナーから今生で学びたい、
最重要のことでした。
 
この本について、序でシュタイナーはこう語っています。
  
  哲学はひとつの芸術だ。
  実の哲学者はみな考えの芸術家だった。
  芸術としての哲学が人の自由といかにかかわるか、
  人の自由のなんたるか、
  わたしたちが人の自由にあずかっているか、
  あずかりえないか、
  これがわたしの本の主たる問いだ。
 
まさに、この本を読むことで、
ついついこんなことを考える「癖」がついてしまったことを、
嬉しく思うのです。
 
いま、自分は、
自由に考えているのか、
自由に話しているのか、
自由に振る舞っているのか、
自由に生きているのか、
 
と問うことからさかのぼり、
 
考えるって、どういうことなんだ、
その、考えることと、
見ること(覚えること)とが、
普段の暮らしの中で、
どう関わりあっているんだ、
 
と更に内側に入っていき、
 
人は、何をどう考えて、どう生きるときに、
その人がその人らしく、
活き活きと、
仕合わせになりうるんだろう、
どんな考えを抱くと、
その人を腐らせ、
不仕合わせにさせるのか、
 
と、再び、人生観察と人生実践に戻ってくる「癖」です。
 
芸術とは、癖になるまで、徹底して繰り返し練習することで、
その人の「もの」になるので、
わたしたちも、徹底して繰り返し、
読み、
考え、
生きようとしましたし、
これからも、この読書は、
おのおのの作業として、
深く沈潜していくでしょう。
 
シュタイナーと、
この本の渾身の翻訳をしてくださった鈴木一博さんに、
そして会に通い続けられた皆さんに、
万感の念いと感謝を捧げたいのです。
 


posted by koji at 19:37 | 大阪 ☁ | Comment(1) | アントロポゾフィー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
七年間、参加し続けて下さったoさん、ありがとう・・・!
http://blog.goo.ne.jp/oneby1/e/bfe086a62ff7f241292cf543c3ce2811?fm=entry_awp
Posted by 諏訪耕志 at 2016年06月02日 23:35
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