妻とは四度目、二年ぶりの金沢への旅。
同じ所へ旅して、飽きないのです。
何度、兼六園に行っても、行くたびごとにこころが静まり、
樹木や花々が活き活きとものを言ってきます。
歩き廻るだけでなく、
立ち止まって、腰を下ろしてみて、じっくりと、静かに、
眼を据え、耳をそばだててみることで、
草木や石たちはものを言ってきます。
また、そこにある植物は、
見識と技量ある人たちによって、
細心に手を入れられています。
人の意識が注がれることによって、
世のすべては甦るのですね。
また、今回は、泉鏡花を読み直すべく、
彼の営んだ暮らしの一端に触れることを求めて、
浅野川沿いの記念館にも足を運び。
そして、金沢の夜は、おいしいお酒とお魚。
今回は金沢駅から歩いて3分の漁々丸というお店。
堪えられない旨さと、
お店の方々のホスピタリティーに感動しました。
飲食店というところは、
旨さを求めるのは基としてありますが、
本当に、その店主の方の人となりに出会いに行くところですね。
インターネットで、店主の方のお顔を拝見して、
訪ねることを決めたのです。
間違いはありませんでした。
喜び、満ち足り、千鳥足で宿に帰る夜になりました。
金沢という小さな町。
新幹線が開通して一年、多くの人でにぎわっていますが、
まだ、かろうじて、その小さな町ならではの、
人のこころの細やかさを保っていることを実感します。
小京都といわれる町は他にも多くありますが、
この町は、いまだ、
人のこころを大事にしようという風雅(みやび)を、
いいバランスで保とう、育もうとしていることを感じます。
同じ町に、妻とこうして何度も通って、
その町で過ごす時間の豊かさ、深さを、
ふたりで発見しあい、感じあい、語りあう。
紛れもない天からの恩恵です。
わたしたちにとって、金沢は、
何度通っても、通い飽きない、味わい深い町なのです。
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