
またまた、本屋に関することなのですが、
インターネットで本を購入することと違い、
時間をかけて本屋にわざわざ足を運ぶ、
そういう楽しみがあります。
それは、
本屋の棚に並んでいる背表紙を次々に見ているうち、
引き寄せられるが如くに、
新しい本、新しい作者、新しい作品を手に取り、
頁を繰り、眼を走らせ、そこで立ち止まらされ、
「これは買って、腰を据えて読まずにはいられない」
という思いをもたせてくれる本に出会うことができる、
そんな楽しみなのです。
先日は、短編集『五十鈴川の鴨』という竹西寛子氏の作品に出会い、
これは腰を据えて読まなければ、と感じ、購入しました。
もともと、竹西氏の評論作品は長年の間、読んできて、
深い感銘を受けてきたつもりでいたのですが、
わたし自身の不明から彼女の小説にはなぜかこころが向かなかった、
向き合えなかったのです。
しかし、いま、この短編集のすべての物語において描かれている、
人というものの陰影の深さに、静かに、強く、こころを動かされています。
人のこころに寄り添うということが、
いったいどれほどの労力を用いるものなのか、
いかに細やかで粘り強い内なる力を要するかということを、
恥ずかしながら、これまでは、よく分からずにいたのだと思います。
人のこころとは、
なんという尊さと聖さをもちうるものであり、
また怖しく、畏しいものであることだろう。
静かな調べを奏でている竹西氏の文章の奥深くに、
そのことへの畏怖が流れているのを感じます。
人というものを、深みから、細やかに、汲みとる。
文を刻むとは、その行為そのものであるように思われます。
そうして文学は、つまるところ、人というものへの希みと愛を想い出させる。
竹西氏の文章からそのことを改めて鮮烈に感じさせられています。
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