2016年02月04日

志村ふくみさんの『一色一生』を読んで


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静かな時間と静かなこころを取り戻し、
花瓶にさされてある花を観る。
 
その花に通っているいのちが、
こんなにも活き活きとしたみずみずしい色を齎してくれている。
 
花という外なる自然が、
こころという内なる自然に働きかけてくる。
 
色の向こうに息づいているいのち。
 
そのいのちを迎えて、
こころに波のような動きが生まれる。
 
その内なる動きは、
こころに新しいいのちを甦らせる。
 
花のいのちが、こころのいのちとなる。
 
二十年前に購い、愛読した、
染織家、志村ふくみさんの『一色一生』を、
なぜか再び手に取って熱心に読む。
 
彼女は、ものというものを見るとき、
そこに、ものの向こうに顕れる何かを、
ことばにしている。
 
  
 これを織った山陰の一人の女性は、
 何からこの軽妙洒脱な図柄を盗み取ったのだろう。
 まだ明けきらぬ静けさの中で、
 ふと蚊帳の一隅を見て触発されたのであろうか。
 私はふと、
 彼女を包む白い領域とでもいうようなものを思い浮かべた。
 彼女は知らずして、
 夫や子供のために心をこめて機を織っている。
 そのとき、何かが彼女を助け、
 白い領域にいざなって
 この仕事をなさしめたのではないだろうか。
 今の人は精巧な計算尺を持っていて、
 驚くほど巧緻な絣を織ることが出来る。
 しかし彼女達は質素な計算尺しか持っていなかった。
 ただ家族のうえを思う計算尺だった。

 
 
ものの向こうに、
暮らしのなかに、
いのちを観る。
こころを観る。
精神を観る。
 
そのような眼を、
わたしたち日本の民は永く持っていたのではないだろうか。


posted by koji at 13:48 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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