
あの本(本居宣長『古事記伝』)が立派なのは、
はじめて彼が「古事記」の立派な考証をしたといふ処だけにあるのではない。
今日の学者にもあれより正確な考証は可能であります。
然しあの考証に表れた宣長の古典に対する驚くべき愛情は、無比のものなのである。
彼には、「古事記」の美しい形といふものが、全身で感じられてゐたのです。
さかしらな批判解釈を絶した美しい形といふものをしつかりと感じてゐた。
そこに宣長の一番深い思想があるといふことを僕は感じた。
僕はさういふ思想は現代では非常に判りにくいのぢゃないかと思ふ。
美しい形を見るよりも先づ、
それを現代流に解釈する、自己流に解釈する、
所謂解釈だらけの世の中には、
「古事記伝」の底を流れてゐる様な本当の強い宣長の精神は判りにくいのぢゃないかと思ひます。
(中略)
・・・歴史を記憶し整理する事はやさしいが、
歴史を鮮やかに思ひ出すといふ事は難しい、
これには詩人の直覚が要るのであります。
夥しく人から人へと飛び交っている観念、思弁、定説、スローガンなどに捉われ、振り回され、惑わされてしまうとき、人は、その人ではなくなってしまう。
わたしは、わたしであるように、気をつけたい。
そのために、解釈・判断をしばらく置いておき、「形を見ること」「動きを聴くこと」に習熟していく。
そして、考える力がゆっくりと熟してくるのを待つ。
あらかじめの考えや意見を、ものや人に当て嵌めてものを言うのは、そのものや人だけでなく、自分自身を損なってしまう。
言語造形をするとき、わたしたちは発せられることばの響きの中に、同じく、形を見、動きを聴きます。
解釈や思惑を置いておき、そのときに見えてくる形、聴こえてくる動きを直覚する。
その感覚が、美しいものに触れることへとだんだんと近づいていく。
そこに、稽古の喜びがあります。
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