小林秀雄が「作家志願者への助言」という文章を書いている。
助言というものは決して説明でない、分析でない、
いつも実行を勧誘しているものだと覚悟して聞くことだ。
親身になって話しかけている時、
親身になって聞く人が少ない。
これがあらゆる名助言の常に出会う悲劇なのだ。
話す人が覚悟して話しているならば、聞く人もその覚悟に応ずるような態度で聞こうとすること、それは人と人との関わり合いとして極めてまっとうなことであり、健やかなことではないか。
助言を求めてもいない時、問うてもいない時に、その人に助言やアドバイスや答えを与えたり、教えたりしようとする人が時々いるが、それはやめた方がいいと思う。
しかし、人と人との間で問いと応えが交わされるとき、親身になって話しかけ、親身になって聴くということの深みが感じられてくることほど、生きている喜びを感じさせてくれることもなかなかない。
彼は五つの助言を作家志望者に向けて書いている。
一. つねに第一流作品のみを読め
二. 一流作品は例外なく難解なものと知れ
三. 一流作品の影響を恐れるな
四. 若し或る名作家を択んだら彼の全集を読め
五. 小説を小説だと思って読むな
これは作家志望者だけではなく、創造的な仕事をしていこうとするすべての人にとっての名助言だと思う。
特に、三つ目について。
自分のすべての感覚を開いて、学ぼうとしていることや仕事に飛び込んでみること。その対象に全身全霊をもって交わり、ひとつになるのだ。その交わりの中からこそ、己のことば(オリジナリティー)を汲み出しえる。まずは己を空にして対象に交わりつづけるのだ。
対象から距離を置いて、自分に都合のいいところだけを抜き取ろうというような態度では、何も得るところがない。それでは、自分が生まれ変わるということが起こりえない。
自分の仕事にすぐに役立てようというような態度だと、何も学ぶことはできないということを特に深く感じる。
「もの」の内側に入って行かないと、何も始まらないのだ。
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