2014年06月16日

古典文学作品を原文のままで 〜『おくのほそ道』公開ワークショップを終えて〜

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今日、大阪玉造の百年長屋さんで、「言語造形で味わう『おくのほそ道』公開ワークショップ」を行わせてもらいました。
 
昔の人のことば遣いを味わうということは、昔の人のこころのありかたを味わうということであります。
 
それはまた昔の人が生きる上で何を大切にし、何に向かって生きていたかという志を知ることでもあり、現代を生きている自分自身の志と繋げるときに、初めて昔の人のことばの芸術作品である古典が生きたものになりえます。
 
その、日本の古典文学作品を原文のままで、現代を生きているわたしたちがいかにすればリアルな声の芸術として響かせることができるか。
 
どのようにしたら今の舞台芸術としてなりたたせていくことができるか。
 
わたしにとって去年あたりから、そのことが大きなテーマとして意識に上ってきていました。
 
古典文学作品を原文のまま舞台上で言語造形を通して響かせたい。だけれども、そのままでは、聴き手にとって、取りつく島のないようなものになりかねない。
 
だからといって、その原文を現代語訳したものでは、そもそもことばのリズム、拍子、メロディーが全く違うものになってしまい、作品のおおもとの命が殺がれてしまう。
 
そこで、まず手始めに、言語造形を通して芭蕉の『おくのほそ道』を原文のままで取り組んでいる「人の姿」をお客様に観てもらい、その「人の声」を聴いてもらう、という「公開ワークショップ」というスタイルで、会を創ってみたのです。
 
言語造形に取り組んでいる姿からこそ、古典作品がリアルなものとして現代人の聴き手の前に立ち上がってくるのではないか。
 
そのような試みに馳せ参じてくださった皆さん、本当にありがとうございました。
 
言語造形からも、そして聴きに来てくださった皆さんの反応からも、わたしは十分な手応えを感じました。
 
まずはこのスタイルで、古典作品をたっぷりと全身で味わっていく場を創っていこう。
 
そして、我が国のいにしえのことばの芸術作品から、ゆっくりと自分たちの生き方を探っていく学びの場を創っていこう。

断絶ではなく、系統を、伝統を考えよう。
 
どこか遠くへ出かけて行くのではなく、自分の足元を掘り進めていこう。
 
国語を愛し、守り、育むことによって生まれる祖先と自分自身に対する静かな敬意。
 
国語愛に生きるという志において、芭蕉と言語造形をするわたしたちが繋がります。


posted by koji at 00:12 | 大阪 | Comment(2) | 言語造形 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
塙狼星さんもシェアして下さいました。                 ___________________________________                                  昨日、大阪玉造、中西緑さんが主宰する百年長屋で、言語造形による公開ワークショップが開かれました。

今回は、序章から黒羽までを五人で語り、それを聴き手が味わうという形式。私は諏訪先生から「黒羽」をいただきました。おそらく、以前に平家の与一や名人伝の紀昌を演じたご縁でしょうか。感謝とともに参加させていただきました。

公開ワークショップというのは初めての体験。稽古場に演じることのない聴き手が入ることで、稽古に舞台と同様の張りが生まれ、また、演じ手、聴き手がともに、芭蕉の言葉を通じておくの細道の中を歩んでいくような感覚を持ちました。極端に言うと、演劇空間に観客を取り込む故寺山修二氏の舞台のような。

このWSに至る前には、ことばの家を主宰する諏訪耕志さんとともにおくの細道を四年かけて声を通じて踏破した北川三代さんとの確かな足取りが存在します。俳句を愛したご主人の供養になるかもとはじめられたというおくのほそ道の語りは、義経の鎮魂を意図した芭蕉の旅に重なります。

諏訪耕志さんの新しい舞台芸術への情熱と日本語への愛に導かれた老若男女による芭蕉の心象の再創造。

古の言葉の波の中で大きな喜びと刺激をいただきました。これからの道行が楽しみです。
Posted by 諏訪耕志 at 2014年06月19日 22:17
片山 香織さん、シェア、どうもありがとうございます。         _________________                                  昨日の午後は百年長屋さんで開催された言語造形のWSに参加しました。
初めて触れる言語造形の世界。言語造形とは、シュターナーによるアントロポゾフィー(人間学)から汲み出されたことばの芸術だそうです。

まずは「あえいおう」の発声をしながら参加者の方と玉を投げ合いご挨拶。音の余韻でお相手と繋がる感覚が心地良い。
そして日頃言語造形を学ばれている皆さんが「奥の細道」を交代で語っていただくのですが、一巡ごとにどんどん、ことばに命が吹き込まれてまるで生き物のように動き出していくのに驚きました。松尾芭蕉がまるで320年の時を経て蘇り、目の前でリアルにそこにいるかのような・・・何とも不思議な感覚。

音の響きが皮膚を通して細胞に浸透し、日本人のDNAというか何かそんなものが刺激されたような。。。今回は聴いているだけでしたが、エクササイズに参加したような疲労感がありました。ビジョンヨガやボイスワークに通じるものも沢山あり、刺激をいっぱい受けた2時間半でした。

これは聴いているだけより体験した方が絶対面白い!と思うので、6月28日に百年長屋さんで開催される朗読・語りのレッスンに参加してみたいと思います。
Posted by 諏訪耕志 at 2014年06月19日 22:19
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