2014年04月22日

俗語を正す詩人たちの歴史 〜保田與重郎『日本の文学史』を読んで〜


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この本の一頁一頁は、なんと熱い情と遠くを見はるかす深い見識に裏打ちされていることだろう。頁を繰るごとにそう感嘆する。

俗世ではとかく紛れがちな、「人間らしく生きることとは何か」「人は本来何を求めて生きようとするのか」という、人のこころの奥底にある憧憬。

その憧れを人と人との間で育み、確かめ、守ろうとする時、人は日常生活においてある指針、規範を求める。

我が国においてその指針、規範は、神代の初めからもうすでに「皇國(みくに)の道義(みち)」として与えられており、その「皇國の道義」は「言霊の風雅(みやび)」として現れる。
それを大切に守ろうとしてきたのが都風(みやこぶり)の文化であり、王朝の文学、ことばの芸術であった。

人のこころの乱れは、ことばの乱れとしても現れる。

だからこそ、多くの俗耳にも、
芸術的なことばから生まれる美を入れるために、
「皇國の道義」「言霊の風雅」を育み、守るために、
代々の詩人たちは胸に熱い情を滾らせて「俗語を正す」べく働いてきた。

ヨーロッパその他の国から輸入した精神史、文学史からの理論を下敷きにせずに、
今も日本人のこころの奥底に流れている情をこそ基にして、
ことばの美を目指して築き上げられてきた先人たちの営為のみを見て、
歴史を一貫している「みち」を明らかにすることで書き上げられた、
保田與重郎氏の『日本の文学史』。

この一貫しているものを感じ、知ることができるということは、
自分の国と国語への愛を自覚し、育んでいくためにはとても大切なことではないだろうか。

自分の国、自分の国のことば、そして自分自身を愛するがこそ、
他の国、他の国語、そして他者を愛することができるのだから。




posted by koji at 12:13 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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