
わたしたちは、ひとりひとりどの人も、凄まじい位の豊かさをすでに与えられているように思う。
その豊かさは、内的なもので、目には見えないもので、
でも、だからこそ、決して失われたり奪われたりすることのないもの。
その豊かさは、精神からの贈り物であり、神からの授かりもの。
その豊かさは、ひとりひとり別々の豊かさで、その人がこの世に生まれてくるにあたって授かった独自のもの。
そのひとりひとり独自な豊かさを、その人その人のペースに合わせて、ただ、開いてゆくこと。
それがわたしたちひとりひとりの仕事かもしれない。
言語造形という芸術に携わっていて、その芸術が舞台の上で生まれてくるとき、
声を出すわたしを通して、その豊かさが溢れ出てくる。
ことばの力、ことばの精神、ことばの愛が溢れ出てくる。
そして、舞台を包む空間には、
わたしだけではない、その場に集って下さったすべての人、ひとりひとりの豊かさが共鳴して、
新しい豊かさが生まれてくる。
声を出さずとも、その場にいて聴き耳を立てている人の豊かさが、
わたしの発する声から溢れる豊かさに合流する。
聴くという行為は、まぎれもなく、愛だから。
演じ手と聴き手の豊かさの合流から生まれる「新しい豊かさ」。
言語造形の舞台は、きっと、そのような新しい豊かさを創造していく場。
これからの豊かさは、単に演じ手から聴き手に一方方向に与えられるものではなく、
演じ手と聴き手が共に創っていく新しい豊かさ。
演じ手と共に、聴き手が意識的に創造に参加することによって、本物の豊かさが生まれる。
言語造形の舞台は、その新しい豊かさへのいざないでもあります。
共に創る場。
新しい豊かさに向かって。