2012年01月17日

こころのこよみ(第40週) 〜こころの中で他者を生きる〜

Und bin ich in den Geistestiefen,

そして、わたしはある、精神の深みに。

Erfüllt in meinen Seelengründen

わたしのこころの基において、

Aus Herzens Liebewelten

心に満ちる愛の世から、

Der Eigenheiten leerer Wahn

己であることの虚しい想い込みが、

Sich mit des Weltenwortes Feuerkraft.

世のことばの火の力によって、焼き尽くされる。




「わたしは、いる」
「わたしは、いま、ここに、いる」という響きから生まれてくる情よりも、

わたしは、ある」という響きから生まれてくる、
「いま」「ここ」さえも越えた、
「わたし」というものそのもの、
「ある」ということそのことの、
限りのない広やかさと深さと豊かさの情。

何度も声に出している内に、その情を感じます。

「わたしは、ある」。

それは、その人が、
どんな能力があるとか、
どんな地位に就いているとか、
というような外側のありようからのことばではなく、
ただ、ただ、
その人が、その人として、ある、ということ。
そのことだけをその人自身が見つめて、出てきたことばです。

そのときの「わたし」は、目には見えない<わたし>です。


そして、
シュタイナーの『精神の世の境』という本から要約したかたちですが、
「愛」についてのことばを書いてみます。

    精神科学の学び手は、
   考える力を通して「みずからの情」を育んでいくことに重きを置いている。
   その情が、こころに強さと確かさと安らかさを与えてくれるからだ。

   そして、学び手は、
   この感官の(物質の)世を生きるにおいて、
   その強められた「みずからの情」を抑制することを通して、
   愛を生きる。
   愛とは、
   みずからのこころにおいて、
   他者の喜びと苦しみを生きることである。
   感官を凌ぐ意識によって人は精神の世に目覚めるが、
   感官の世においては、精神は愛の中で目覚め、愛として甦る。



世のことばの火の力
それは、きっと、愛だと感じます。

そして、それによって、「己であることの虚しい思い込みが、焼き尽くされる」。



posted by koji at 16:42 | 大阪 ☀ | Comment(0) | こころのこよみ(魂の暦) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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