2011年12月24日

こころのこよみ(第38週)〜聖き夜の調べ〜


Weihe-Nacht-Stimmung   聖き夜の調べ

Ich fuehle wie entzaubert

わたしは感じる、

Das Geisteskind im Seelenschoss,

まるでこころの奥で、精神の子が魔法から解かれたようだ。

Es hat in Herzenshelligkeit

その子は心の明るさの中で、

Gezeugt das heil'ge Weltenwort

聖き、世のことばとして生まれた。

Der Hoffnung Himmelsfrucht,

希みに満ちた天の実りが、

Die jubelnd wächst in Weltenfernen

喜びの声を上げて世の彼方へと拡がりゆく、

Aus meines Wesens Gottesgrund.

わたしのわたしたるところ、神の基から。
   



クリスマス、それは、おさな子の誕生を寿ぐ日です。

おさな子のおさな子たるところの生まれを祝う日です。

どの人のこころの奥にも眠っているおさな子が、
魔法を解かれたかのように目覚めうることを認め合う日です。


おさな子、
それは、子ども時代の内でもとりわけ、
記憶の境の向こう、三歳以前のわたしたちのありようです。

この世に生まれたわたしたちは、
そのおさな子の時代に、
おおよそ三年をかけて、
立ち、歩く力、
話す力、
考える力を、
人として生きる最もベーシックな三つの力として身につけ始めました。

それらの力は、その人が生涯を生きていく上で育んでいくことになる、
こころの三つの力、
欲する力(意欲・意志)
感じる力(情)
考える力(思考)
の萌しとしての表れでもあります。

その力は、当然その子によって意識的に身につけられたものでもなければ、
大人によって教え込まれたものでもなく、
そのおさな子の内から、
まるでこうごうしい力が繰り出してくるかのように、
地上的に考える力を超えたところから、
生まれてきました。

そのおのずと生まれてきたこうごうしい力は、
しかし、
三年間しかこの世にはありません。

おさな子のおさな子たるところが輝く三年間から後は、
その子の内に、
少しずつ地上を生きていくための知性と共に、
エゴがだんだんと育ち始めます。

きっと、それも、人の育ちにはなくてはならないものです。

しかし、おおよそ、三年の間のみ、
人の内に、そのこうごうしい力は通います。

この地を生きていくための基の力であり、
かつ、
この地を越えたこうごうしいところからの力は、
三年の間のみ、
おさな子に通います。


ですから、
「聖き、世のことば」キリストも、
この世に、三年の間しか生きることができませんでした。

イエス、三十歳から三十三歳の間です。

そのイエスに三年間通った力は、
おさな子のおさな子たるところからの力として、
世のすべての争い、分け隔て、エゴ、
それらを越える、愛する力として、
この地上に受肉しました。


後にキリストを宿すイエスが母マリアから生まれたとされている、
24日から25日の間の聖き夜。
その夜から、キリストがイエスに受肉した1月6日までをクリスマスとして祝います。

そして、このクリスマスは、
二千年以上前のおおもとの聖き夜に起こったことを想い起こすことを通して、
わたしたちの内なるおさな子たるところを想い起こすときです。

わたしたちの内にも、確かに、そのこうごうしい力が通っていました。

そして、いまも、通っています。

しかし、わたしがわたしたるところから、
そのこうごうしい力を想い起こせばこそ、
いまもその力が通っていることを知ることができます。

このクリスマスの日々に、
その力を自分の内にも認めればこそ、
来る年への希みが生まれ、羽ばたき始めます。

    希みに満ちた天の実りが、

   喜びの声を上げて世の彼方へと拡がりゆく、

   わたしのわたしたるところ、神の基から
    




posted by koji at 05:45 | 大阪 ☀ | Comment(0) | こころのこよみ(魂の暦) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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