2011年11月05日

平櫛田中と快慶 彫刻の時間 ―継承と展開―

快慶 大日如来坐像.jpg 地蔵菩薩立像.jpg 平安老母.jpg 

先日、上野にある東京藝術大学美術館に、
平櫛田中(ひらぐしでんちゅう)の彫刻を観に行った。

田中の彫刻に魅せられて、
これまで何度、
岡山県井原市や東京都小平市の田中美術館へ足を運んだことだろう。

今回は、飛鳥から江戸にまで渡る木彫作品とともに展示されているので、
見比べつつ、田中の作品をゆっくり味わいたいと思って、行ってみた。

鎌倉時代の快慶の大日如来坐像(写真左)の側にいると、
その像の組まれた両手と丹田から、
とても強い力が発せられるのを感じ、
おのずと厳粛なこころもちになる。
悪しきものがその強い力によって祓われている感覚があった。

また同じ鎌倉時代の地蔵菩薩立像(写真真ん中)を見上げて、
その立ち姿の静かさに魅せられる。
その表情だけでなく、全身の姿から、
「耳を澄ましておられる」ことが感じられる。
何に耳を澄ましておられるのか、
わたしもその側に立ち、耳を澄ましてみる。


その後、田中の作品にまみえる。
彼は1872年岡山で生まれ、1979年、107歳で亡くなられた。
その生涯に渡る仕事から生まれた多くの作品に、
わたしはこれまでどれほど慰められてきたことだろう。

今回も、本当に見ごたえのある展覧で、こころから満ち足りた。

彼は近代に生きたのにもかかわらず、
以前の時代の芸術家のこころざしに迫るべく、
彫刻という芸術に潜むエーテルの動きを生きた人として、
わたしに強く訴えかけてくるのだ。

近代の田中の作品からは、
観る人の視覚から運動感覚に渡って強く働きかけてくるものを感じた。

いっぽう、
鎌倉時代のふたつの作品からは、
それだけでなく、
さらに観る人の聴覚までにも働きかけるようなものを感じた。

ちなみに、今回の展覧会は明日11月6日で終わってしまうのだが。


posted by koji at 20:43 | 大阪 ☔ | Comment(0) | 絵・彫刻・美術・映画・音楽・演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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