2011年10月09日

こころのこよみ(第27週)〜こころの力〜

In meines Wesens Tiefen dringen:

わたしというものの深みへと進みゆくほどに、

Erregt ein ahnungsvolles Sehnen,

予感に満ちた憧れが呼び起こされる。

Daß ich mich selbstbetrachtend finde,

わたしはみずからを見てとりつつ、わたしを見いだす、

Als Sommersonnengabe, die als Keim

夏の太陽から贈られた萌しとして。

In Herbstesstimmung wärmend lebt

秋の調べの中で、暖かく息づく、
 
Als meiner Seele Kräftetrieb.

こころの力として。




いま、夏から秋への季節の移り変わりにあって、
外的にからだの調子を崩しておられる方を何人かお見受けします。

夏の疲れが出る頃なのかもしれませんね。

もしかしたら、より、深い理由が、各々の人にあるのかもしれません。

しかし、からだがそんな状態にあっても、
こころは、どう、生きることができるでしょうか。

もちろん、こころは、からだからの影響を多大に受けます。

しかし、こころは、精神からの働きかけをも多大に受けることができます。

自然と世が繰りなすリズム、
それをここでは精神と呼びたいのですが、
そのリズムに沿って意識的に生きることができれば、
人はこころの健やかさを取り戻すことができる。

そのために、
そのリズムを、ことばで、毎週、踏んで歩くことができるように、
週ごとのことばをメディテーションの素材となすことができるように、
との願いから、
シュタイナーはこのカレンダー『こころのこよみ』を書いたのです。

シュタイナーは、常に、
ひとりひとりの読者、その人からの自発的な行為を促そうとしています。

ミヒャエルもそうです。

キリストもそうです。


この時期、人は、
夏に贈られた贈りものとしての精神からの萌しを、
この時期ならではのこころの内に熾きる意欲の火によって鍛えることができる。

そうすることで、あらためて、自分自身を見いだし、
新しい方向性をもって、みずからの道を歩いていく。

「夏の太陽から贈られた萌しとして」、
わたしに、
わたしならではの、
理想・方向性・ひらめき・考え・想いが降りてきている。

そして、それが、いま、
こころの力として、鍛えられ、暖かく息づいている。

そのこころの力が、
暖かく内に深まることで、
実際の「他の誰のでもない、わたしの仕事」として、
きっと、外に顕れてきます。

さらに、
やがてやって来る、
冬の厳しい寒さの中で、
暖かく燃え続けるこころの内なる炎への予感。

クリスマスに宿る、その内なる炎に対する憧れたるや、
この二千年、どれほどだったでしょうか。

現代を生きるわたしたちは、
ひとりひとり、自発的にしか、
その炎を内に灯すことができません。

『こころのこよみ』は、
メディテーションを通しての、
人の自発性を待っています。

もしかしたら、
その自発性から生まれたこころの健やかさが、
少なからず、からだにも働きかけていくのかもしれません。


posted by koji at 22:42 | 大阪 | Comment(0) | こころのこよみ(魂の暦) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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