2011年09月30日

こころのこよみ(第24週)〜生産的であるもののみが、まこと〜

Sich selbst erschaffend stets, 

絶えずみずからを創り上げつつ、

Wird Seelensein sich selbst gewahr; 

こころは己のありように気づく。

Der Weltengeist, er strebet fort 

世の精神、それは勤しみ続ける、

In Selbsterkenntnis neu belebt 

みずからを知ることにおいて、新しく甦る、

Und schafft aus Seelenfinsternis  

そして、こころの闇から汲み上げる、

Des Selbstsinns Willensfrucht. 

己であることの意欲の実りを。




創る人は幸いです。

生み出す人は幸いです。

育てる人は幸いです。

金と引き換えにものを買い続け、
サービスを消費し続ける現代人特有の生活のありようから、
一歩でも踏み出せたら、その人は幸いです。

その一歩は、
料理を作ることや、
手紙や日記を書いてみることや、
花に水をやることや、
ゴミを拾うことや、
そんなほんの小さな行いからでもいいかもしれません。

この手と脚を動かし、
世と触れ合う。

そのような行為によってこそ、みずからが創り上げられ、
その行為からこそ、こころは己のありように気づく。

そして、「世の精神」。
それは、一刻も休まず、勤しんでいるからこそ、生み出しているからこそ、
「世の精神」なのです。

だからこそ、太陽や月は周期を持ち、四季は巡り、人は成長します。

その勤しみから、「世の精神」は、
人というものを通して、絶えず己を知りゆきます。

そして己を知れば知るほど、
そのつど新たに新たに「世の精神」は甦るはずです。
新しい自分になっていくはずです。
その勤しみに終わりはないでしょう。

「世の精神」は、みずからを知り、みずからを育み、みずからを甦らせるために、
人というものに働きかけ、人というものにみずからを捧げようとしています。

「世の精神」には、人が必要なのです。

同じく、
わたしたち人は、
そんな世の精神に倣いつつ、
地球上のものというものに働きかけ、
ものを愛し、
ものに通じていくことをもって、
みずからを新たに新たに知りつつ、
たとえ、肉体は年老いても、そのつどそのつど甦ります。若返ります。

ゲーテという人こそは、
その「世の精神」に倣い続けた人であり、
残された仕事の跡を顧みれば、
晩年にいたるまでのその若々しい創造力に驚きます。

シュタイナーは、そのゲーテのありかたをこう言い当てています。

    ゲーテは、ひとたび、こんな意味深いことばを語りました。
   「生産的であるもののみが、まことである」
   それは、こういうことです。
   人は、きっと、みずからを、まことの有するところとなします。
   そして、まことは働きかけます。
   そして、人が生きて歩むとき、まことは、まことであることの証を、
   生産的であることを通して見いだします。
   これが、彼にとって、まことの試金石でした。
   すなわち、生産的であるもののみが、まことです。
     (1908年10月22日 ベルリン 「ゲーテの密やかなしるし」より)


秋には、「己の力」が「意欲の実り」として発露してきます。

創ること、生み出すこと、育てることなどの行為は、
こころの確かさ、安らかさ、活発さを取り戻し、
こころの闇から、
己であることの意欲の実りを、
汲み上げます。

生産的であるもののみが、まことです。



posted by koji at 23:40 | 大阪 ☔ | Comment(0) | こころのこよみ(魂の暦) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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