2011年09月28日

こころのこよみ(第22週)〜秋深き隣は何をする人ぞ〜

今年は春の復活祭が遅く、随分と週がずれてしまいました。

ミヒャエル祭が近づいていますので、
ペースを上げて書いていこうと思っています。

Das Licht aus Weltenweiten,

世の拡がりから来る光が、

Im Innern lebt es kräftig fort:

内において力強く生き続ける。

Es wird zum Seelenlichte 

それはこころの光となり、

Und leuchtet in die Geistestiefen,

そして、精神の深みにおいて輝く。

Um Früchte zu entbinden,

実りをもたらすべく、

Die Menschenselbst aus Weltenselbst

世の己から生まれる人の己が、

Im Zeitenlaufe reifen lassen.

時の流れに沿って熟していく。



先週の第21週において、
わたしがわたしに「問いを立てる力」が育ってくること、
それこそが「内なる己の力」として実ってくるさまが描かれてありました。

そして、この第22週においては、
ますますその「内なる己の力」が強まり、深まってきます。

「内において力強く生き続け」、
「精神の深みにおいて輝き」、
「時の流れに沿って熟して」いきます。

それらの己の力とは、決して、
これまでのわたしなりの考え方・感じ方によって、
わたしの案件だけに意を注ぐということではなく、
他者のこと、世のことを、
これまで以上に柔軟に、深みをもって、親しく、
考え、想うことができるということでしょう。

ここで、松尾芭蕉の句を挙げてみます。

   秋深き隣は何をする人ぞ

わたしたちの秋の深まりは、
自然の時の流れとともに、
かつまた、その人その人のこころの熟し具合に懸かっています。

そして、ここでの「秋深き」は、
「隣」つまり、隣人、世におけるすべての隣人にまでかけられているのでしょう。
(『芭蕉全句<下>』加藤 楸邨)

つまり、「秋深き隣」「秋深き隣人」「秋深き人」です。

「あなたは、何を、する人ですか」

この深く、真率な問い。

この熟したこころのありようから、
芭蕉はことばを紡ぎ、
シュタイナーもことばを紡いでいるのでしょう。


posted by koji at 21:27 | 大阪 ☁ | Comment(0) | こころのこよみ(魂の暦) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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