2011年09月27日

こころのこよみ(第21週)〜問いを立てる力〜

Ich fühle fruchtend fremde Macht

わたしはこれまでにない実りの力を感じる。

Sich stärkend mir mich selbst verleihn,

その力はしっかりとわたしにわたしみずからを与えてくれる。

Den Keim empfind ich reifend

わたしは感覚する、萌しが熟し、

Und Ahnung lichtvoll weben

そして予感が光に満ちて織りなされるのを、

Im Innern an der Selbstheit Macht.

内において、己の力として。



「これまでにない実りの力」とは、
「わたしがわたしに問いを立てる力」です。

簡単に問いに対する答えは出ないでしょう。

それは、秋から冬へかけての精神からの振る舞い、行為によって、
そのつどそのつど答えが見いだされていくからです。

しかし、
問いを立てられるということは、
自分が抱えていることがいったい何であるのか、
そのことが明らかになる、
そのことに意識的になるということであり、
「その力はしっかりとわたしにわたしみずからを与えてくれ」ます。

秋とは内なる意識が明るんでいく季節です。

夏の間は、
世との交わりを通して、
大いなる広やかな世からの知らせを通して、
わたしに漠とした予感が「萌し」のように与えられていました。
「わたしは何をすべきなのか」
「わたしは何をしたいのか」
そのような問いに対して、漠とした予感が与えられていました。

しかし、
秋からは、
わたしによってより明らかに問いが立てられるならば、
その意識の明るみを通して、
夏の間は予感にしか過ぎなかったものが熟し、
「光に満ちて織りなされて」いくのを見ることができるようになります。

そのより明らかな問いとは、
より細やかにみずからのこころのありようを見てとることをもって、
日々経験することや、
その経験することから生まれるみずからの感情が、
いったい何を自分に教えようとしてくれているのか、
と問いを立てることでもあるでしょう。

わたしに夏に与えられていた予感が、
「わたしのことがら」として熟し、
織りなされている「ことのがら」までをも、
意識の明るみの中に見ることができるようになってきます。

この時期には、
まず答えを安易に求めるのではなく、
明らかに問いを立てる力、
その「実りの力」を持つことによって初めて、
わたしに具体的な仕事や目標や生きがいが一歩一歩向こうから近づいてきます。

そう、
葛藤は続きます。
たやすく答えはやってきません。

しかし、そのような「自問自答」の繰り返し、
葛藤の繰り返しを重ねるほどに、
人は人になっていくのではないでしょうか。


「これまでにない実りの力」、
それは「問いを立てる力」であり、
「内における、己の力」です。



posted by koji at 15:39 | 大阪 ☀ | Comment(0) | こころのこよみ(魂の暦) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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