2011年09月19日

こころのこよみ(第20週)〜享受し、消化し、仕事すること〜

So fühl ich erst mein Sein,

わたしはいま、わたしのありようをこう感じる、

Das fern vom Welten-Dasein 

世にあるものから遠ざかれば、

In sich sich selbst erlöschen 

みずからにおいてみずからが消え失せ、

Und bauend nur auf eignem Grunde 

そして、己の基の上にのみ立つならば、

In sich sich selbst ertöten müßte.

みずからにおいてみずからをきっと殺してしまう。




先週の『こころのこよみ』において
http://kotobanoie.seesaa.net/article/225478472.html
秋へと歩みを進めていくうちに、
夏の憶いを何度も反芻し、辿りなおす作業(勤しみ)をすることによって、
人はみずからの内でだんだんと己の力が強まってきているのを感じ、
己は何を考え、何を感じ、何を欲しているのかが、
明らかになってくることが記されてありました。

それは、
<わたし>の目覚めの時期が秋の訪れとともに再び巡ってきたということでもあります。

<わたし>の目覚め、己の力の強まり。

しかし、今週の『こよみ』においては、
そのことから生まれる危うさに対して、
バランスを取ることが述べられています。

世にあるものから遠ざかれば、
みずからにおいてみずからが消え失せ、
そして、己の基の上にのみ立つならば、
みずからにおいてみずからをきっと殺してしまう


『いかにして人が高い世を知るにいたるか』
http://www.seikodo-print.co.jp/products/sub_36.html
の「条件」の章において、
「人がだんだんにみずからを外の世に沿わせなくして、
 そのかわりに、いきいきとした内の生を育むこと」の大切さが書かれてあるのですが、
それはこれからの季節にわたしたちが勤しむこととして、
意識されていいところです。

しかし、その内の生を育むことが、
みずからの内に閉じこもることではないことも述べられています。

「(静かに、ひとりきりで、みずからを深める一時一時)には、
 みずからが生きたこと、
 外の世が語りかけてきたことを、
 まさしく静かに、
 ありのままに想ってみてほしい。
 どの花も、どの動物も、どの振る舞いも、
 そのような一時において、
 思いもよらない秘密をあかすようになる」

そして更にこうあります。

「享受した後に、
 その享受したことからなにかが顕れるようにする人が、
 みずからの知る才を培い、育てる。
 その人が、きっと、享受することだけをありのままに想うとかではなく、
 享受しつづけることを諦めて、
 その享受したことを内なる働きによって消化するということをこそ
 習いとするようになる」

過ぎ行く現象の中で、
何が過ぎ行かず、留まるものか、
そう問う練習。

そして、
外の世との交渉の中で、
みずからの共感・反感そのものを見つめる練習をする。

そのつどの喜び、痛み、快、不快が、
何をわたしに教えてくれようとしているのか。
そう問う練習。

そのような一時一時において、
「思いもよらない秘密」があかされる道がだんだんと啓かれてくる。

「<わたし>を世にむけて開いてほしい。
 その人は、きっと、享受しようとする。
 そもそも、享受すればこそ、
 外の世がその人へとやってくる。
 その人が享受することに対してみずからを鈍らせるなら、
 周りから糧となるものを取り込むことができなくなった植物のごとくになる。
 しかし、その人が享受することにとどまれば、
 みずからをみずからの内に閉ざす。
 その人は、
 その人にとってはなにがしかであっても、
 世にとっては意味をもたない。
 その人がみずからの内においていかほど生きようとも、
 みずからの<わたし>をすこぶる強く培おうとも、
 世はその人を閉め出す。
 世にとってその人は死んでいる」

そして最後にこうあります。

「密やかに学ぶ人は、
 享受するということを、
 ただみずからを世にむけて気高くする手立てと見てとる。
 その人にとっては、
 享受するということが、
 世について教えてくれる教え手である。
 しかし、
 その人は享受することで教えを受けたのちに、
 仕事へと進む。
 その人が習うのは、
 習ったことをみずからの知識の富として貯えるためではなく、
 習ったことを世に仕えることのうちへと据えるためである」


秋から冬へと、
みずからがみずからを促すことによって、
己の力を強め、<わたし>を目覚めさせていくことができますが、
それは、
「仕事」をすること、
「世に仕えること」へと繋げていくことによってこそ、
その人の糧になっていきます。

外の世との交渉を絶たないこと。

内において、外の世のことを深めること。

そして、その深まりから、外の世に働きかけていくこと。

それが、秋から冬にかけての密やかな学びにおける筋道です。





posted by koji at 07:50 | 大阪 ☁ | Comment(0) | こころのこよみ(魂の暦) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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