秋晴れの午後、御堂筋を少し歩いた。銀杏並木の黄色い葉に秋の穏やかな陽の光がきらきらしていた。そういう風景を眺めながら歩いていたが、そのたくさんの黄色い葉が風にそよいでいる木々の列をもっと、じっくりと、こころをとどめて、見渡してみると、なんと言ったらいいのか、生命そのものの美しさがぐわっとせり出してくるように感じた。
生きている。これらの木々は生きている。全く当たり前のことだが、そのとき、わたしのこころに迫ってきたのは、立ち上がってくる生命そのものだった。しかも、とても清潔な生命だ。生命というものは、こんなにも綺麗なものなのか。純なものなのか。同じ地球に生きていて、こんなにも生命を美しく謳歌している存在が、こんなにも身近にいてくれることに、こころの視野が晴れ渡ったように感じた。
丁度、今日の午前は小学生の子どもたちと劇の練習をしていて、彼らの純なこころと生命に触れることができたせいか、御堂筋を歩くのに足取りも軽かった。
わたしも、これらの子どもたちの生命力、そして植物という植物が持っている生命の清潔を少しでも取り戻していこう。
秋晴れて青き潮の中に在るここちすわれも葉を落とす木も
(与謝野晶子『流星の道』より)
2009年11月23日
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